だいぶ旧聞になるが、7月7日投開票の東京都知事選は面白かった。下馬評通り、現職の小池百合子氏は強かった。当初、蓮鈁氏と一騎打ちとマスコミは持て囃した。だが、結果はそうならなかった。かつて小池氏を「大年増」と呼んだ人がいたが、その年増がいいのだ。おばちゃん風の笑顔がいいのだ。


 選挙前に小池氏についてはカイロ大学卒と経歴を偽っていた、という告発があったが、高齢者は現状維持を好むから、カイロ大学卒なのか、中退なのか、という騒ぎにはあまり関心がない。むしろ安定している現職の小池氏に投票したのだろう。


 対する蓮舫氏は美人で頭がいい。そのうえ、若さがある。だが、頭のいい人、美人には本人の意思には関係なく、どこか冷たさが垣間見える。中年の人、なかんずく若い女性はこういう同性を嫌う傾向がある。優秀なのにそれが損をしたと思う。小池氏は「隠れ自民党」と言われたが、実際、自民党支持者は小池に流れたようだ。


 だが、なんといっても面白かったのは、安芸高田市長を辞任して都知事選に挑んだ石丸伸二氏の躍進ぶりだ。すでに散々、新聞、テレビで報じられているから多くを書きたくないが、彼を一躍、2位に登場させたのはテレビではなかったかと思う。


 というのも、石丸氏を有力候補に仕立てたのはテレビそのものだ。そもそも広島県の元安芸高田市長だと言われても、都民の多くは安芸高田市とはどこら辺にあるのかも知らないし、石丸氏がどんな人かも知らない。だが、テレビ各局は都知事選の番組に小池氏と蓮舫氏だけを登場させたのでは面白くないから、保守で以前にも都知事選に挑んだことがある田茂神俊雄氏に加え、石丸氏を加えて選挙戦の番組に登場させた。テレビ局は付けたしの人物くらいにしか見ていなかったのだろうが、このとき視聴者の目には、石丸という人物はテレビが取り上げたのだから、小池知事や蓮舫氏と並ぶ有力候補者なのだと思ったのだ。


 加えて、日頃テレビを見ない、当てにしない、もっとハッキリ言えばバカにしていた若者たちは、石丸氏を新鮮に感じたはずだ。こうしてテレビの内容を批判したり、テレビ局のプロジューサーの言う通りにテレビに登場して発言するコメンテーターを小馬鹿にしたりする人物の石丸氏を、意図しなかった有力人物に押し上げてしまったのだから面白い。いや、痛快だ。


 開票後、石丸氏の躍進ぶりをマスコミは挙ってネット選挙の成果だ、と報じていたが、まさにその通りだろう。石丸氏の選挙参謀氏が「大量のポスターをどうやって貼るか困ったとき、ネットでボランティアを募ってみようという声があり、実行してみたら5000人を超えるボランティアが集まった。このときからネットの活用が始まった」と語っていたが、その通りだろう。若者たちが能登の被災地に行かず、都知事選のボランティアに集まったのだ。石丸氏は1ヵ所の会場での演説は15分で切り上げ、後はネットで見て下さい、と言い続け、より多くの会場を回ったといっている。新鮮な候補に興味を持った人はネットで見ていたのではなかろうか。


 新聞、テレビが石丸氏のネット活用ぶりを伝えているからあまり語る必要もないが、少し気付いたことを挙げると、石丸氏はネットで「知人友人に伝えて下さい」と言っていた。実際にボランティアに参加した人、興味を持った人たちがネットで仲間に知らせたりしている。これはネットによる「戸別訪問」である。ネットだから違反ではないが、昔も今も個別訪問は強いなぁ、と思う。欧米では戸別訪問が禁止されていないが、今も昔も選挙には最も有力な手段なのだろう。


 もうひとつ、石丸氏はネットで資金を集めたという。選挙後、テレビで3億円集まったと言っていたが、これは目下、行われているアメリカの大統領選挙と同じだ。石丸氏には大口の資金を出した人もいたそうだが、ネットだからその多くは小口だろう。この小口が大事なのだ。資金を出した人は必ず投票に行く。開票後の年代別支持が各種明らかにされたが、今回の石丸氏のネット選挙に反応した若い人たちは石丸氏に投票したことが窺える。


 今まで20代、30代前半の若い人たちは「投票に行っても世の中は変わらない」と言っていた。こうした発言に残念だと思っていた。なにしろ、欧米では若い人の投票が政治を動かしているのに、と思うからだ。4年前、アメリカの大統領選挙でバイデン大統領を誕生させたのは若者と女性の票だったし、


 今回、そのバイデン大統領に反発、支持しそうもなかったのは中東、ガザでの実際の映像をネットで見た若者たちが、イスラエル支持、支援しているバイデン大統領に嫌気を指したからだ。フランスでマクロン大統領が嫌われているのも、またイギリスでも政治を動かしているのは若者たちなのにと思うからだ。


 いや、日本でもかつて当時の森喜郎首相は「若い人は選挙に行かないでくれ」と発言して批判されたことがある。日本でも若者が投票したら、政権がひっくり返るからからだ。本当は、いつの時代も常に政治を動かすのは若者たちなのである。投票しても変わらないのではなく、日本では若者が投票に行かないから政治が変わらないのだ。


 もうひとつ、付け食われると、大手マスコミは石丸氏に対して「選挙公約を言わない」と批判していた。石丸氏は「ネットで見てくれ」と言っていたが、筆者から見ると、それでいいのだ。公約やマニフェストはネットで見るか、選挙公報で読めばいい。選挙では現職、現状への批判だけでいい。


 昔を振り返れば、幕末に開国を進める幕府に対して、薩長の志士が唱えたのは「尊王攘夷」だけである。幕府が倒れ、政権が変わったとき、志士たちは攘夷などしなかった。逆に開国をもっと進め、欧米に留学生を送り出したではなかったか。マスコミの批判は旧来の型にはまった批判に過ぎない。


 だが、今回、石丸氏が登場し、ネットを駆使し、既存の政治や政府の方針そのままを伝えることしかしないマスコミを批判することで、多くの若者の心をつかみ、票を集めたことで日本でも世の中が変わる可能性が出てきたような気がする。