8月早々、世間を驚かせたのは東京証券取引所での株価急落だ。8月1日、東証の株価は2216円の急落。これはブラックマンデーに次ぐ大幅下落だという。新聞、テレビで急落が大きく報じられた。この株価急落はヨーロッパにも伝搬し、ロンドン、フランクフルトの株価も値下がりした。ロンドンのタイムズ紙やBBC放送は「ニューヨークの株価が下がり、それに東京が大きく反応した結果だ」と報じていた。


 ところが、それだけではなかった。週明けの8月5日には過去最大の4451円も急落。日経平均株価は3万1458円に下がり、次には3万円を切るのではないか、という騒ぎにもなった。


 周知のように、植田和男日銀総裁がゼロ金利から脱却すると宣言したにもかかわらず、為替相場はさらに円安が進み、1ドル=160円を超え、株価も上昇していた。ところが、7月末に日銀が政策金利を0.25%引き上げることを発表。さらに「今後、金利の引き上げもあり得る」と語った。すると、翌8月1日の東証の株価は2216円急落し、3万5909円に下がった。急落の理由とされたのは、アメリカの経済指標がよくなかったことに加え、上昇を続けてきたAI関連企業の株価が下がったことだとされた。5日の急落もその影響が続いた結果と説明されていた。


 ところが、翌6日には3217円の急騰だ。過去最大の上げ幅だそうだが、まるでエレベーターのようだ。今、東証の株価は3万6000円台で落ち着いているが、どうして過去最大の急落や急騰が起こったのだろうか。新聞、テレビでは証券会社や保険会社のエコノミストの話を伝えていた。要約すると、日銀の金利引き上げに続き、植田総裁が「今後も金利引き上げはある」という発言と、アメリカでの経済指標がよくなかったうえ、急騰していたAI企業の株価が下がったことが東証の株価急落の原因だというものだった。


 しかし、本当にそうだろうか。過去の例からも0.25%という、極めて低い金利引き上げで株価が急落することはない。通常、金利引き上げではカネを貸している銀行やリース会社、原油やガスを外国から輸入する電力、ガス会社などの株価が値上がりし、運賃をドルで受け取る海運会社、輸出メーカー、不動産会社の株価が下がるものだが、今回の8月1日と5日の株価急落は全面安なのだ。


 銀行株は三菱UFJ銀行を筆頭に住友銀行も、みずほ銀行など銀行株は軒並み株価急落している。つまり、0.25%の金利引き上げが原因ではない。株価急落は外国人投資家が一斉に日本株を売ったことが原因なのだ。外国人投資家はゼロ金利の日本でカネを借り、あるいは、まず日本株を買って、それを担保にカネを借り、欧米で投資していた。なにしろ、ゼロ金利の日本でカネを借り、金利が5%から6%の金利の欧米で投資すれば、それだけで儲かるのだ。こういう取引を「キャリー取引」と呼ぶが、アメリカでの金利引き下げを警戒して一斉に日本株を売り、キャリー取引を手仕舞いしたわけだ。


 実際、毎週、発表される東証の投資部門別売買動向を見れば、外国人投資は7月第5週(8月2日まで)は先物、現物合わせて1兆円の売り越しになっている。7月第4週までに外国人投資家が買い漁っていた日本株を第5週にすべて売却していたのだ。つまり、東証で日々の売買の7割を占め、株価を動かしていた外国人投資家が日本株から手を引き始めた、ということになりそうだ。


 付け加えれば、8月6日に過去最大の株価上昇が起こったのはなぜなのか、新聞、テレビでは「売り過ぎたことに対する買い戻しが入った」という証券会社の解説を紹介していた。日銀の内田真一副総裁が記者会見して「株価が下落したりしているときに金利引き上げはない」と追加利上げに慎重だと発言していることもある。副総裁が慌てて今後の金利引き上げを否定するような記者会見なぞ聞いたことがない。


 おそらく、株価の急落に最も慌てたのが当の日銀で、急遽、日銀が株を買い、株価を上昇させたのではなかろうか。日銀が買う株とはETFだ。日経平均株価に連動する投信である。ETFを大量に買えば、東証の平均株価は急騰する。こんな姑息な手段を使ったのではなかろうか。


 では、今後の株価はどうなるのだろうか。今も物価上昇は続いている。マスコミも物価上昇の原因はゼロ金利にあると言い出すようになった。前にも書いたが、アベノミクスに従って日銀は「バズーカ砲」だの「異次元の低金利」と言って金利を引き下げてきた。それが物価上昇を招いたのは言うまでもない。


 いつの時代でもそうだが、物価上昇の責任は日銀にある。そのために政府と衝突することもあり、だからこそ政府と日銀の親密さが必要という主張がある。ところが、黒田東彦・前総裁は10年間に亘ってアベノミクスの超低金利を続けた。黒田日銀は国民の生活を守ることを忘れ、政府に追随した金利政策を行なったのだ。現植田総裁は低金利を主張するリフレ派と見られているが、もはや金利を引き上げなければ、物価値上がりを止められない、とようやく気付いたようだ。今後、否でも金利上昇は続けざるを得ないだろう。


 では、今後、株価はどうなるのだろうか。兜町には「個人投資家が買いに入ったら相場は終わり」という格言がある。高値になった株を個人投資家に買わせて、相場を終わりにする、という意味で、高値掴みをした個人に損を負わせてしまうという方法である。ちょうど新NISAが話題になっている。儲けに税金がかからない、というのがキャッチフレーズで、積み立て型もあり、昨今は若い人たちにも人気になり、急増中だ。この新NISAが高値で株を買わせる格好の受け皿になりそうだ。


 もっとも、株価値下がりには大きな問題がある。まず、日銀が金利を上げると、政府は国債の利払いに窮する。なにしろ、日本の国債発行額は1200兆円にも達し、GDPの2倍を超えている。ゼロ金利だったから政府は安心して国債を発行できたが、金利が上がると、政府は国債の利払いに窮する。


 加えて、日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が大量の株式を保有している。安倍内閣時代の景気対策に株式購入させた。アメリカでも連邦職員の年金は元本が変動するリスクのある株式投資はしない。ヨーロッパでも同様だ。だが、安倍内閣時代、GPIFに株式運用をさせた。その結果、株価が急落すれば、GPIFも日銀も損失を出す。もっとも、日銀は評価損だけで、時間をかけて損失を消化させることができる。だが、日銀と違って年金はモロに莫大な損失を被ってしまう。年金破綻に繋がりかねない。政府は金利を押さえて株価を維持したいし、といって物価上昇を抑えなければ与党の人気に響く。さてどうするのだろう。10年を超えるアベノミクスの膿だけが溜まり続けているようだ。