著名人による闘病記は過去にも多数出版されているが、『がん闘病記』は著名な経済アナリストによる1冊だ。お金に精通した専門家ならではの視点にも期待しつつ手に取った。


 著者は2023年12月にすい臓がんステージⅣと診断される。セカンドオピニオンどころか、サードオピニオンまで取ったが結果は同じだった。同月下旬、出演するラジオ番組とプレスリリースですい臓がんステージⅣであることを公表した。


 闘病中の著名人が怪しげな新興宗教にはまったり、効果が証明されていない民間療法に入れ込んだりするニュースが時折報じられるが、本書にはこうした「治療のアドバイス」が届く模様がつづられている。


 公表後にメールは倍増。送られてくる治療のアドバイスのうち「精神論」は、〈前向きな気持ちが大切〉といった害のなさそうなものから、宗教への勧誘など何かを狙ったものまで幅広い。


 著者自身は宗教不要の考えだが、多くの人が送ってきてくれた「お守り」は嬉しかったとか。送り主に打算がなく〈「治ってほしい」という純粋な気持ち〉が伝わるからだ。


 一番多かったアドバイスは「飲食物」。水、ビタミン、キノコ、種子……と勧められるものは、さまざま。どれも体に悪そうなものはなさそうだが、財布には優しくなさそうだ。


 前述したように、アドバイスしてくれる人は〈純粋に私の快復を祈っている人たち〉だけではない。〈私を広告塔として利用しようと考えている人〉〈がん治療ビジネス〉を手掛ける人など何かを狙ってくる輩もいる。


〈私を広告塔として利用しようと考えている人〉が寄ってくるのは、有名人ならではの悩みだろう。勧誘してきた新興宗教や〈がん治療に関する「独自理論」を持つ人たち〉は、有名人が治癒すれば(別の理由で治ったとしても)大きな広告効果が期待できる。


〈がん治療ビジネス〉は前述した飲食物ほか、効果が証明されていない自由診療、民間療法など高額のものが多い。そこまで高額でなくてもマルチ商法の健康食品もある。


 さまざまなアドバイスが寄せられたものの、数々の統計を扱ってきた著者だけに、冷静に判断ができたようだ。どれもサンプル数が少なすぎて〈本当の効果はわからない〉との結論に達した。結局のところ、著者が採用したのはただひとつ。〈医師が開発したヨーグルト〉だけだった。ただ、治療効果に期待したものではなく、〈通販で取り寄せて食べてみたら、非常に美味しかった〉という理由だ。


■生前整理で銀行預金を一本化


 お金の専門家らしく、高額療養費制度や治療が長引いた場合の障害年金の活用など、がん治療とお金について詳述している。現在闘病中、これから治療に入るという人には参考になる。


 お金関連で注目したのは、余命宣告された著者が取りかかった〈生前整理〉。まずは、〈銀行預金の一本化〉から始めている。


 親の遺産の整理をしたことがある人なら経験済みかもしれないが、複数の預金口座、クレジットカードなどを駆使する現代の高齢者が亡くなれば、遺族がそれらをすべて調べ上げるのは困難だ。最近は通帳や紙の通知がない契約形態も多い。本書にも著者が経験した実父の死去に伴う相続税の申告時のドタバタがつづられている。


 突然死する心筋梗塞などと違い、「がんは死の準備ができる病気」と言われるが、治療が続いているなかで生前整理を始めたのは、実父の相続での苦労があったからだろう。それでも銀行預金の一本化に3ヵ月を要したという。


 著者同様に衝撃を受けたのが、自費(約50万円!)で受けたという「血液パネル検査」の結果。3人の診断で「すい臓がんのステージⅣ」で確定していたものがひっくり返り、「原発不明がん」に変更されたという。そもそもの診断基準に問題があるのでは?という気にもなるが、検査の結果によって治療方針がまったく変わってしまった。


 ただ、原発不明がんと診断されたことで、オプジーボによる「がん免疫療法」での治療ができるようになった。加えて自由診療で「血液免疫療法」を行っているという。

 

 闘病は現在進行形。治療の効果が上がって、「がん免疫療法」「血液免疫療法」や「生前整理」の顛末を記した続編に期待したい。なお、闘病記のタイトルながら、後半は著者の半生記。やりたいことをやってきた人生の歩みは、著者の死生観ともつながっていて、これはこれで面白い(鎌)


<書籍データ>

がん闘病日記

森永卓郎著(三五館シンシャ1650円)