朝日新聞OBのジャーナリスト・樋田毅氏に会うために大阪まで行ったのは一昨年の秋。安倍晋三元首相の殺害事件のあと、私自身かつて籍を置いていた朝日新聞社の統一教会報道がワイドショー番組より見劣りする「腰の引け方」であることに業を煮やし、昭和から平成にかけ、この教団の闇をとことん掘り下げた先輩記者たちに改めて光を当てようと思い立ってのことだった。


 朝日時代は私が東京、樋田氏は大阪と別々の本社にいて、氏との面識はなかったが、彼は1987年、朝日阪神支局で起きた記者殺害事件のあと、長年にわたってこの事件の特別取材班に参加、2002年の時効成立後もひとりコツコツと事件を追い続けた執念の記者だった。2018年の著書『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』では、右翼活動家の犯行説と並行して統一教会の犯行だった可能性も追い続けたことが詳述されている。そのプロセスでは統一教会の関連政治組織「勝共連合」が「秘密軍事組織」を持つことを突き止めたうえ、そのメンバーを割り出して直接話を聞きに行く取材まで行っていた。


 一方でまた樋田氏は早稲田での大学生時代、自治会を牛耳る革マル派に学友が殺害された事件を受け、一般学生がこれを追及した運動も渦中で体験し、この間の出来事を『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ事件の真相』という本にまとめている(2022年、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)。こちらも学生時代から収集した膨大な資料・情報をベースにして書き上げた濃密な作品だ。


 同業者としては数十年の取材成果を凝縮したこれらの作品に、ただただ畏敬の念を抱くばかりだが、一方で氏があまりにもワンテーマに時間をかけ本をつくるスタイルであることから、このやり方では今後もう、新たな作品を何冊も書けはしないだろうと思っていた。ところが氏は、つい最近も新作のノンフィクションを発表した。『旧統一教会 大江益夫・元広報部長懺悔録』(光文社新書)という本だ。


 今週の『週刊文春』は、氏のこの新著を受け、証言者の「元広報部長」を改めてインタビュー、「統一教会元広報部長が懺悔『安倍総理、山上、韓国送金……今こそ、すべてを語ります』」という記事を掲載した。まったく新規に明かされるインパクトある情報は、正直この記事には出て来ないが、樋田氏とは長年にわたって「天敵」とも言える間柄だった人物がいよいよ教団の内実に絶望し、一切を懺悔するという局面で、その相手に天敵の樋田氏をもってきたところに、私はこのふたりの人間ドラマを感じ取る。真剣勝負で対立した敵同士なればこその信頼関係が、両者の間には生まれていたのではなかったかと。


 今週は『週刊新潮』にも、「最後に発覚した岸田政権の恥部『旧統一教会を消し去れ!』外務省が“アフリカODA”で証拠隠滅の全内幕」という記事が載った。筆者はノンフィクションライターの窪田順生氏。こちらは樋田氏よりふた回り若い世代だが、奇しくも彼もまた朝日出身者だ。外務省の援助でセネガルにつくられた女性向けの職業訓練校。実は現地でこれを運営するNGO幹部は統一教会の関連団体の人々で、ことの深刻さを認識した外務省は昨年春、職員を現地に派遣して教団関係のロゴを施設から外させたり、施設の教師として教えていた教団関係者を辞めさせたり、大慌てで「証拠隠滅」を図ったという。


 昨今はかつてない人数の大混戦になりそうな自民党総裁選の話で持ち切りだが、この選挙の焦点になっている「自民党改革」が、そもそもの話として旧安倍派を中心とする裏金問題の発覚ともうひとつ、うやむやのまま「なかったこと」にされそうな旧統一教会との癒着問題が発端だったことを国民はいま一度思い出すべきだし、マスメディアは両問題への認識を各候補に厳しく問いただすべきだろう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。