気象庁によれば、今年7月の平均気温を1991~2020年の平均と比べた「月平均気温平年差」は、東日本で+2.3℃。統計をとりはじめた1946年以降で最も高かった。酷暑に加え、土用の丑の日が2回ある年のためか、例年以上に食品売り場での“うなぎ”のアピールが激しい。7月24日は、恵方巻やクリスマスチキン並みに、売り切れそうもない大量の鰻が一面に並ぶ光景を目にして驚いた。


 そうした中、横浜市のデパートで販売された鰻の弁当と惣菜で食中毒が発生し、1人が亡くなった。鰻を食べて精をつけるどころでなく、健康な人の命さえ奪った責任は重い。ここでは、食中毒やその予防策等に関わるキーワードから、身近な食の安全を考える。


■死亡例は年に1桁、大規模事例は断続的に発生


【食中毒とは】広義には病原微生物やその生産物、有毒・有害な化学物質や動植物の摂取によって生じる急性の健康障害をいう。狭義では、微生物による食中毒を指すことが多い。


【食中毒統計調査】食中毒の患者および死者の発生状況を的確に把握し、複雑な発生状況を解明することを目的に実施。保健所が原因となった家庭・業者・施設等の所在地、名称、発病年月日、原因食品名、病因物質、患者数、死者数等を調査。都道府県等において、調査終了後に「食中毒事件票」に記入し、厚生労働省(厚労省)あて提出。厚労省のサイトで速報を含めて発生状況と事件一覧が公表されるほか、年1回「薬事・食品衛生審議会(食品衛生分科会食中毒部会)」で総括し、大規模食中毒については、該当する都道府県の担当者が詳細な調査報告を行っている。


【食中毒の分類】「食中毒事件票」の原因物質は、「その他」「不明」を含め27に分類されている。大別すると❶細菌(16項目)、❷ウイルス(ノロウイルスほか2項目)、❸寄生虫クドアアニサキスほか4項目)、❹化学物質❺植物性および❻動物性の自然毒である。


【発生状況】事件数は2004年には約1,600件だったが、09年以降は1,000件前後で推移している。同時期に患者数は約3万人から減少傾向にあり、17年以降は1万人台で推移している。死者数は02年以降1桁台で推移しており、23年は4人。19~23年の5年間は合計18人で、うち16人が70歳以上だった〈図右〉


【病因物質、原因施設】病因物質別の発生状況は、事件数と患者数で様相が異なる。19~23年合計で、事件数(4,648件)は寄生虫45.7%、細菌31.3%、ウイルス13.3%の順。患者数(57,390人)は細菌48.9%、ウイルス40.4%の順で寄生虫は4.8%に過ぎない。1件あたりの患者数を計算すると、❶細菌19.3人、❷ウイルス37.5人、❸寄生虫1.3人、❹化学物質18.0人、❺植物性自然毒2.8人、❻動物性自然毒1.5人となる。原因施設は、事件数、患者数ともに飲食店が半数前後を占める。


【大規模食中毒】患者数500人以上の事例は、断続的に発生しており、19~23年は全7件だった〈図左〉


【発生の季節性】一般的に、細菌性食中毒の発生件数・患者数は6~10月に多く、8~9月にピークがある。一方、ノロウイルスを代表とするウイルス性食中毒の発生件数・患者数は12~3月にピーク。また、植物性自然毒のうちイヌサフランなど有毒植物による食中毒は春、キノコ類は秋、動物性植物毒による食中毒は冬が多い。



■「食中毒防止3原則」だけでは限界


【キャパオーバーが引き金に】前述の「土用の鰻」食中毒事例に関する横浜市保健所の第2報(8月5日付)によれば、販売数は1,761食(鰻弁当945食、鰻蒲焼816食)。下痢・嘔吐を主とする症状の初発は24日16時30分。報告された発症者は159人(10歳未満~90歳代)で多くは軽症だったが、90歳代女性1人が亡くなった(因果関係は不明)。検査の結果、発症者19人の8検体、食品9検体中3検体、拭き取り検体(10階レストラン、地下1階店舗の調理場、催事場)36検体中1検体から黄色ブドウ球菌を検出。


 推定される発生要因として「調理担当従業員の手指を介した汚染(手洗い不十分・手袋着用実態なし)」「体調・手指の傷等の健康状態に関する記録・確認不十分」「調理施設汚染の可能性」「従業員への衛生教育不十分」「調理場外(客席)での盛り付け」「販売された弁当の長時間保管による食品内での黄色ブドウ球菌増殖」「当日の調理工程全体を把握している者の不在、作業に応じた衛生上の指示・教育不足」「生産能力を上回る弁当・惣菜の調理による、従来の工程と異なる作業工程や保管」など8項目が指摘され、具体的な指導が行われた上で、期間の定めがない「営業禁止」処分となった。


【HACCPの制度化】従来の食品衛生管理は、食中毒予防の3原則、つまり病原微生物を「つけない」「増やさない」「やっつける(殺菌)を基本とし、最終製品の検査・分析によって出荷の可否を判断してきた。しかし、最終段階の検査のみでは製品の安全性を十分に確保できないことから、現在では世界的にHACCP(ハサップ)による衛生管理が主流になっている〈図〉


 HACCPは米国のアポロ計画時に開発された手法で、1993年に国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同機関である国際食品規格(CODEX)委員会がガイドラインとして発表(2020年に改定)。日本では2018年、食品衛生法一部改正により、原則としてすべての食品等事業者(食品の製造・加工、調理、販売等)を対象にHACCPに沿った衛生管理が制度化され、20年から完全実施となった。


 なお、大規模事業者等は『HACCPに基づく衛生管理』が求められるが、小規模な営業者は『HACCPの考え方を取り入れた衛生管理』すなわち各業界団体が作成する手引書を参考に簡略化されたアプローチを行うとされている(実に多様な業種の手引書があり興味深い)。


【対応に活かされたHACCP】「土用の鰻」食中毒事例で思い浮かぶのが、昨年9月に起きた八戸市の製造所(総菜製造業)がつくった弁当を原因とする全国規模の食中毒事例だ。いずれも歴史のある老舗を自任しているものの、現場が食品衛生・管理に疎いという土壌があったところへ、キャパオーバーの注文を受け破綻をきたしたという流れだ。今年2月の食中毒部会の資料によると、当該の製造所は、平時は1日約6,000食を製造。スーパー・百貨店等の駅弁フェアなどがある繁忙期(10~3月)は1日約2万食を製造し、米飯製造を外部委託していた。検便、拭き取り、検食、弁当の検査で、黄色ブドウ球菌(8割の株がエンテロトキシン産生)とセレウス菌(下痢毒産生)が検出された。


 八戸市保健所衛生課の担当者は、弁当製造の流れを「通常時」「食中毒発生時の米飯製造と流通」「改善後」に分けて具体的に図示。9月14~17日の発生時には「体制の不備」に加え、「汚染ハザード」や「増殖ハザード」が複数あったが、指導後に改善後されたという。19日に報道発表と厚労省ホームページでの情報提供後、23日には営業禁止処分となったが、10月6日には弁当製造時の状態を再現するための試験製造を実施。厚労省・関係自治体との情報共有後、16日には推定される主な原因及び改善事項を指示するとともに報道発表。その後、11月1日には改善確認のための試験製造を実施。実は以前から『HACCPに基づく衛生管理』に取り組んでいる製造所でもあり(外部認証未取得)、4日には営業禁止処分解除となった。

 

 


■体温に近い気温は絶好の増殖条件


「土用の鰻」食中毒事例が報道された直後、近所のスーパーでは、それまで冷房が効いた室内とはいえ、平積みされていた弁当・惣菜類が全て冷蔵ケース内に移動された。食中毒の原因となる細菌の至適増殖温度は多くの場合、30~40℃前後の範囲にある。昨今の体温に近い気温では、増殖が速いはずだ。今の時期気になるのは、腸炎ビブリオ(さっぱりしたものが食べたい→刺身、すしなど)、黄色ブドウ球菌(人の手指を介した食品汚染)、カンピロバクター(バーベキューなどでの肉の加熱不十分)、ウェルシュ菌(キャンプで残ったカレー内での増殖)などだろうか〈図〉


 気象庁の向こう1ヵ月予報でも、全国的に平年より気温が高い日が続きそうだという。家庭での食中毒予防策の基本を守りつつ、市販の食品も販売されている状態をよく見ながら購入したい。

                                                                                       

  

2024年8月9日時点の情報に基づき作成

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。