『週刊現代』の先週発売号に「これが異形の大国の現実だ! 中国残酷物語」という12ページの「総力特集」が組まれていた。「Ⅰ異常な受験戦争と就職難 若者たちは絶望の道を歩む」「Ⅱ専門の予備校も乱立 日本に押し寄せる留学生 その理想と現実」「Ⅲあなたの近所にもきっといる ネオ中国移民の人生設計」という3つの記事で構成され、これらを読むと、中国の経済発展が陰りを見せるなか、さまざまな方向に融解・流出する中・上流層の混迷がうかがえる。


 この特集にたまたま目が留まったのは、あるテレビ番組で、どの地区より中学受験の実績がいいという東京・文京区の公立4小学校に子供を入れるため、親子で文京区に移り住む中国人が増えている、というレポートを見たためだ。番組では、日本のインターナショナルスクールでも中国人子弟が増えていると報じていた。現代の記事によれば、中国での過酷な受験戦争や深刻な就職難に見切りをつけ、国外に幸福を求める人々の増加に伴う現象だという。


 記事内にある「中国の若者の苦悩がわかる15の現代用語」という一覧表が興味深い。「裸辞」は仕事の過酷さに耐え切れず、転職先を決めないまま会社を辞めてしまうこと、「十不青年」は結婚や住宅購入など10の夢を諦めた青年、「全職児女」は家事をする対価に親からカネをもらい、実家暮らしをする状態を指すという。一人っ子政策が続いた恩恵で「親の脛」はある程度期待できるものの、自分自身の社会的成功には絶望を感じている若者が多いらしい。「卒業即失業」という日本語読みそのままでも意味が通る言葉もある。昨今は、北京大学をはじめとする「双一流大学」と呼ばれる学校群の学生でさえ、卒業時の就職内定率は60%に届かない状況だという。


 このため、海外に脱出して自分や家族の将来を模索する動きが広がってきている、というのが特集記事の内容だ。同じ発音の英単語「RUN」に引っ掛けて、最近の中国では「潤」という言い方をするとのこと。アメリカやカナダなどが人気の行き先だが、日本への転居・留学にはコストが抑えられるメリットがある。子供の将来のためだけでなく、親自身にも「日本のホテルや焼き肉チェーンなどを買収して、そのまま日本に移り住む(富裕層の)人が増えている」と、不動産業者がコメントする。


 一人っ子政策の負の遺産で、今後急速な少子高齢化も見込まれる中国。それやこれやで中国の超大国としての絶頂期は意外にも短く、国力は足元から弱り始めているのかもしれない。もちろん、その過程で政府が国民の目を逸らすため国外に敵を求めたり、一部国民によるナショナリズムの暴走が見られたり、というのも、衰退期の国々にありがちなことで、その警戒は怠ってはならないが、いずれにせよ「超大国中国」の絶頂期は終わりかけているように思えるのだ。


 ここ数日、深圳での日本人少年刺殺事件により、ネット上の反中国感情は過熱状態だ。「国交断絶を」などという暴論さえ見かける。ただ冷静に考えて、今回、国レベルで主張すべきことは、事件前、中国のSNS上で「日本人学校はスパイの巣窟だ」などと反日デマが飛び交っていた状況を放置したことへの抗議と今後の改善要求だ。しかし、この手の要求は、日本のSNS状況にも跳ね返る。相手国への憎悪を煽るためにデマ情報の流布をも厭わない――。そんな人間は残念だが、日本の側にもいる。今回の被害少年は、そんな相似形の環境の中国側事情による犠牲者ではないか。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。