TPP(環太平洋経済連携協定)が、前に進まない状態が続いている。TPPが環太平洋の自由貿易協定を目指すことは当然の認識として共有されているが、現実は日米間での自由貿易協定による「岩盤規制緩和」を目指す試みであることも常識であり、日米間の政治家、資本家、経済学者、マスを含めたメディアもその「常識」を「共有」している。


 現在(5月末時点)、TPP問題は米国内の論議に焦点が当たっている。交渉を促進するためにオバマ政権が打ち出したTPA(貿易促進権限)が、米国議会の承認を得るのに四苦八苦している状況が継続しているためだ。大統領に交渉を一任するTPAに関する米国議会の動向は、やや日本の政治慣習に慣れた目から見ると、たいそうわかりにくい構図だ。


 TPPそのものに反対するのはオバマ大統領の母体である民主党の多数派で、自由貿易を基本的に主張してきた共和党が、全面的に支持に回っている。そのため、5月22日には共和党、民主党の一部の賛成を得て、上院では可決された。しかし、下院ではオバマ大統領そのものを嫌う共和党の一部が反対に回り、民主党の多数も反対に回ることが予想されて、TPAの成立は微妙な状況。決着がつくのは6月末になると観測されている。


 民主党の多数がTPPに反対するのは、同党の支持基盤である労働組合が、94年から発効しているNAFTA(北米自由貿易協定)で、雇用が賃金の安い国に流れたとの分析が支配的なためだ。NAFTAの締結時には、米国政府は北米圏における自由貿易の拡大で、米国産品の輸出力が高まり、米国内雇用は好転するとして、国民を説得した。


 また、この連載でも何度かそのリスクを指摘したISDS条項についても、多国籍企業を利するだけで、民間企業が経済政策をハンドリングしてしまうリスクが強いとの見解も、主に民主党内部から強まりつつある。この連載の趣旨から見れば、その懸念はかなり重視されなければならないもので、意見としてそうした主張がなされるのは、かなり正当な行為であるといえよう。ある意味、米国の健康な言論の世界を再認識させるかもしれない。


●本当に「互恵的」であることが担保された交渉か


 TPPはすなわち、国家間の関税障壁を大幅に減らし、自由貿易の拡大によって、経済的な相互互恵関係を形成しようという「お題目」に沿った貿易交渉である。どこか疑問でしょうがないのは、過去の歴史で、貿易および通商的交渉で、完璧に互恵関係が成立した事例があるのだろうか。特に、多くの歴史が目にしてきたのは、自由貿易の推進は「強い側が、弱い側に対する強権的な交渉手段」であり、相手国をある意味、経済的植民地化する道具に使われてきた側面は否めない。


 この連載で見てきたように、70年代以降の日米貿易交渉(摩擦回避交渉)にみられた、米側の期限の設定、数値目標の連発、伝統的ともいえる日本的商慣習や「国民を守るための規制」を「非関税障壁」という言葉で括るやり方での「上から目線」の貿易交渉は、「自由貿易交渉」とは名ばかりの、質的に言葉としてのニュアンスを違えるものだし、それはしばしば意図的であることも否めないであろう。例えば米国や、日本の市場経済論経済学者が言う「岩盤的規制」は、実は米国資本が日本国内で独占的なシェアを持つと、その「規制」が機能してシェアを保護してしまうという機能を持つことも、民間医療保険市場では起きていることも連載で指摘してきた。


 米国にとって日本の「規制」は実は都合の悪いことばかりではない。逆に米国市場で、TPPが米国の雇用を守るという保証は、その意味では希薄ともいえる。現に、NAFTAでは「そんなはずではなかった」という米国の現実も生み出したのだ。やはり、貿易交渉においては、自国内の国民の利益を守るというスタンスが重視されるべきであり、その根本は食、そこから進んでいく健康、そしてそれを守る医療という局面で、個別の判断が必要になることは自明である。だからこそ、TPPにおいても、農業や医療が包括的に交渉の範疇に含まれることに懸念を拭い去ることはできない。


●例えば畜産における抗生剤の使用は論議されたか


 連載では、フランスの経済史学者のダヴィッド・トッドが、自由貿易と保護貿易のそれぞれの信奉者たちは、その闘いを善と悪との闘いのように表現するが、どちらが正しいとはあり得ないと語っていることを紹介した。トッドはその上で「関税の政治的意味と経済的帰結は、歴史の流れを通して著しく多様なのである」と言っている。繰り返せば、トッドの言に則れば、自由貿易への道を進む過程のひとつであるTPP交渉については、個別に、項目別に丁寧な評価と論議が行われるべきである。


 現状の国内外のTPP論議は、未来にわたっての経済交渉の大枠として捉え、個別、項目別に論議することは枝葉末節とのニュアンスが支配的だとみえる。小異を捨てて大同に付くことが、この場合に適切かどうか、それすら論議されているフシはない。


 ここで、あまり知られていない研究を紹介する。先日、東京で行われた次代の医療技術に関する研究報告を行う会合があり、そこで大腸内の腸内細菌叢の細菌動態、当該細菌の遺伝子分析が報告された。特に主要国間の遺伝子解析では注目すべき結果が報告された。(なお、こうした研究報告に慣れていない読者のために、念のために付言すれば、腸内細菌は悪玉と善玉があり、善玉菌は必要不可欠な存在である)。


 この報告は、半ばクローズドの研究会で行われたものであり、報告者は研究が途上にあることを断っているので、それを事実と判断するものではないが、菌の遺伝子型分布をみると、日本と北欧圏がかなり強い類似性を持ち、それとは違う面で米国と中国に類似性が強くみられた。むろん、日本と北欧では人種も異なり、食習慣も似てはいない。どちらかといえば魚食習慣は米国などより似ているかもしれないが、細菌遺伝子型の相似について、それを根拠とするのは非科学的である。


 そこで研究グループは、このデータと相似する食習慣、喫煙などの生活習慣、気候などのデータに、相似データがないかを丹念に調べた。すると、抗生剤の使用量と細菌遺伝型のデータがほとんど同じ曲線を描いたのである。この場合の「抗生剤の使用量」は人間の治療に使う抗生剤ではなく、主に家畜に使用されるものだ。もちろん、2つのデータの相関性の立証はこれからの研究に委ねられるが、驚くのは家畜に使う抗生剤の使用量が、米国と中国では非常に多く、日本と北欧では前2ヵ国よりかなり少ないという事実だ。


●個別問題を検証しないメディア


 日本国内では、農協改革が政府の半ば強引な手法で進められ、農協は現実に政治的腕力を半減させられた。政府はTPP交渉の継続と農協改革は政策として関連はないというが、誰がそれを信じるだろうか。米国と日本では家畜に使う抗生剤の使用量が違うということだけでも、TPP交渉においては「個別的」に別次元で協議する分野ではないかという見解がどうして出てこないのか、不思議としか言いようがない。


 その意味で、この連載ではTPPに触れるメディアのあり方についても、何回か疑問をはさんだ。繰り返しになることを許してもらえば、大体の趣旨は、メディアのTPP交渉そのものへの「総論賛成」的な空気は、どうして生まれているのか、ということである。


 トッドが言うように、自由貿易と保護貿易は善と悪でもないし、個別、項目別にはメリットもデメリットも想定される。さらに、TPPの政策論的根拠が市場原理主義を背景としていることにも批判は弱い。国内問題でいえば、市場原理主義に乗って規制緩和が進んだ結果、若者の雇用構造は良化しただろうか。少子高齢化という重要な課題にどのようなメリットをもたらしたのか。それすら検証しようという意欲の欠如がメディアに目立つ。


 にもかかわらず、TPPに総論的に賛成する根拠は何だろうか。失われた10年、あるいは20年というデフレ時代がもたらした経済の低迷にTPPがカンフル剤になるというのであれば、個別、項目別にそのバラ色の展開を具体的に示してもらわなければ困る。


●原発問題ではナーバスな議論があるのに医療は……


 TPP推進論には、TPP後に社会経済の再構築への刺激が生まれ、新しい時代に、世界的標準の中で機能的な制度が設計されるという主張がある。では、医療保険制度はどうなるのか、というと、きわめて不確かな想定しか返ってこない。家畜への抗生剤の使用量のような問題はないのか。そういうことが検証されているのだろうか。


 社会経済の再構築の中で、医療制度に関する推進論は、その多くが混合診療の導入を前提にした論議となっている。そこにはもともとの国民皆保険制度堅持の主張に対する無理解が存在している。推進論は「日本の皆保険制度は素晴らしい制度だ」との前提は忘れてはいないが、論理は、そこから「だが、しかし……」と続いていく。増え続ける(と政府は危機感を煽る)医療費とその負担という現実の前に、首をすくめる思潮が支配的となり、「皆保険制度堅持」は、医療団体のエゴのような報道もメディアの統一感の印象を強化する。原発問題では、メディア間の主張は異なるのに、である。


 TPPが医療保障に与える影響について、深刻な懸念を持っているのは医療団体だけではない。再録すれば、14年10月23日付朝日新聞朝刊の「私の視点」で、「TPPは消費者への深刻な脅威だ」と主張する、日米の市民団体、消費者団体の共同投稿が掲載されている。その主張は、主に米国ではTPP交渉にアクセスできる約500人の「貿易アドバイザー」は、ほとんどが企業の利害を代弁する人たちであり、彼らは交渉中の条文に関して特別なアクセスが可能であるにもかかわらず、「消費者、保健医療の代表およびその他の公共利益に関する組織は全く部外者の立場に置かれている」との問題点を指摘。その上で、日米ともに、連邦議会議員、国会議員もアクセスできないことを明らかにしている。TPP情報の公開をめぐって、国会議員間でちぐはぐなトラブルが起きたのも最近のことだ。


 また、その投稿では多国籍企業のハンドリングを自由にすることのリスクが、ヘルスケアでは特に大きいことも指摘されている。彼らの主張は、米国が批准していない気候変動枠組み条約の京都議定書や生物多様性条約に関して、国際社会の規制を回避し続けるためにTPPをあらゆる場面で利用できるという内容も汲み取っている。この「TPPを利用できる」伝家の宝刀が交渉内容に含まれていくであろう「ISDS条項」であることも指摘されている。


 米国議会の4月以降の論議が、このベクトルに沿っているのは注目に値する。メディア、特に日本のメディアはこうした主張にまともに向き合わない。なお、この投稿が朝日新聞に掲載されたのは、このメディアが14年9月7日付の社説で「TPPに賛同するような姿勢を示した」ことに対して、懸念を提起したものである。


 次回は最終回として、「まとめ2」で、TPPと国内医療制度、市場原理主義への医療への影響を再度、見つめ直したい。(幸)