昨今、最も話題になった人物と言えば、斎藤元彦兵庫県知事だろう。なにしろ、パワハラ、手土産、キックバックなどいう言葉が飛び交い、新聞、テレビ、週刊誌に「おねだり知事」とか「牛タン5人組」なとのキャッチフレーズが並んでいるのだ。新聞は連日、1面、3面で報道し、この手のおねだりとかパワハラといった話題が大好きなテレビは連日、バラエティ番組で取り上げた。パリオリンピックの次は斎藤知事問題といった塩梅だ。


 加えて県議会でも問題視し、百条委員会が開催されて、数々の証言が飛び出す。結果、県議会では知事選で斎藤知事を推薦した日本維新の会も加わり、全会一致で不信任された。さらに、告発した前西播磨県民局長が停職処分を受けた後、百条委員会開催前に死亡したことも報道を大きくさせたのは言うまでもない。


 騒ぎの発端は今年の3月中旬、西播磨県民局長が報道機関と一部の県議に送った告発文書である。報道によれば、告発文は「ひょうご震災記念21世紀研究機構」の副理事長2人を解任したこと、県幹部が前回の知事選で斎藤知事への投票依頼などの事前運動をしていた事実、視察先企業にコーヒーメーカーをおねだりして受け取ったこと、昨年の阪神・オリックス優勝パレードの資金集めで信用金庫への補助金を増額し、見返りに協賛金をキックバックさせたこと、さらに職員に対するパワハラでは公用車が建物の入口の20m手前で止めたため、車を降りて歩かされたことに腹を立てた、職員の報告が気に入らないと机を叩いて怒鳴り散らす、チャットで夜間、休日でも幹部に指示を出す……等々の行為を加えた7項目が並んでいるという。


 百条委員会でこうした知事の行為が問題視され、県議会で全会一致で不信任されたことで、次の話題は、斎藤知事が県議会を解散するか、それとも辞任、あるいは失職を選ぶかが注目された。県会議員の中には万一、議会解散を選択されたら、県議選で当選できるか心配な議員もいたそうだが、斎藤知事は失職を選び、知事選に再度立候補して信を問う、とした。


 ホッとした議員もいただろうが、斎藤知事はかつて語っていたように「こんな話が職を辞すべきことなのか」という気持ちなのだろう。さらに最近は、ネット上で斎藤知事を擁護する投稿も増えていることから、気を強くしたのかもしれない。ともかく、失職したことでマスコミの騒ぎは知事選挙が行われるまで一時休止である。


 ただ、この騒動ではいくつか気にかかることがある。まずひとつは、斎藤知事がどこでこの内部告発を知ったのだろう。告発文書がマスコミと一部の県議に送られたのが3月12日で、斎藤知事が把握したのが1週間後の3月20日。その翌日から犯人探しが始まったと報道されている。斎藤知事は知人から聞いたと語っているが、誰かが告発文書を見せたのだろう。当時、マスコミはあまり問題にしていなかったような気がする。


 5月に読売新聞が前西播磨県民局長を取材して記事にしていたが、騒ぎが大きくなったのはかなり後の7月頃だったように思う。新聞は個人的な攻撃がある告発をあまり記事にしない。記事にするのは大概週刊誌だ。だが、私の経験では週刊誌の記者は告発文を当事者には見せない。当事者は犯人捜しをするが、必ずと言ってよいほど、別人を犯人ではないかと疑っているから困る。本当は違うよ、と言いたいくらいで、告発者と間違えられた人には気の毒としか言いようがない。告発者探しが禁止されたときにはホッとしたものだ。

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 しかし、一体、誰が知事に見せたのだろう。新聞記者の中には情報源として親しくしている人がいるからコピーを見せたのだろうか。それとも、内部告発文書を受け取った県議が見せたのだろうか。さらに、すぐに告発者が探し出されたというのには驚く。県庁内のパソコンを使ったことからわかったらしいが、これはお粗末だ。逆に、数名の職員仲間と相談のうえ、西播磨県民局長が代表者として告発文を作製したのではないか、という気さえする。


 もうひとつの疑問は、告発者の西播磨県民局長の死である。5月に県が内部告発文書を「核心的な部分が真実ではない」という調査結果を発表して県民局長を停職処分にした。その2ヵ月後の7月に死亡していた、というのである。が、この死亡とは自殺なのか、それとも病死なのか。なぜ死亡の原因を報道しないのか。知事周辺から嫌がらせを受けて、自殺したのではなかろうか。県庁発表からも告発者がわかっているのだし、マスコミは取材を続けたはずだ。


 なのに、なぜ死亡した事情を報道しないのだろう。普段、告発者を守れ、と言っていたはずではなかったのか。3年も続いた新型コロナのせいかもしれないが、記者自身が警察発表や県の発表ばかりに頼って記事を書くクセがついてしまい、取材を疎かにしたのではないか、という気がする。


 ところで、斎藤知事のパワハラ、おねだり、キックバックなどの疑惑は知事自身の性格的な問題ばかりだ。知事としての業績上の問題というのが見られない。唯一、阪神・オリックス優勝パレードの資金集めで信用金庫への補助金を増額して協賛金としてキックバックさせた問題くらいだ。が、百条委員会で、斎藤知事は否定している。実際に働きかけたのは片山安孝副知事だと報道され、副知事は斎藤知事の指示だったと語っている。どちらが発案したのかは不明だ。


 この問題は当初、協賛金が集まらなかったことから起こったらしい。オリックス・バッファローズは地元では人気がなかったのだろうか。民間の調査会社の人によると「パレードの協賛金は企業から集めるつもりだったが、オリックスはノンバンクで、中小企業の間では倒産のときにはいち早く債権を回収するなどと陰口されているため、企業からの協賛金が集まらなかったのではないか」なんて言う人もいる。


 もちろん、内部告発の犯人探しは許されるべきものではない。まして探し出した告発者を懲戒処分するなど、トップがやるべきことではない。狭量過ぎる。


 では、知事としての業績はどうなのか。昨年まではマスコミの評価は高かった。ざっと業績を挙げれば、上限付きでの私立高校の授業料無償化、知事公用車をそれまでの高級車のセンチュリーをやめ、ワンボックスのアルファードに替え、経費を3分の1に節約した。知事報酬のカットについても知事選での公約通り、知事給与を3割減額し、退職金も5割削減するという報酬カットを実行した。さらに県職員OBの天下り規制も実行した。


 兵庫県では幹部職員なのだろうが、定年退職後、県の外郭団体に再就職した場合は65歳で雇用を打ち切りにすることになっているそうだ。が、実際には外郭団体では再雇用が続いていたそうだ。これにメスを入れ、65歳以上のOBに退職を迫ったというのである。これが怨みを買い、内部告発に繋がったのではないか、という説もある。ともかく、こうした施策の結果、貯金に相当する県の財政調整基金は100億円を超えたという。


 にもかかわらず、内部告発文書が登場したのは、斎藤知事自身の問題のようだ。斎藤知事は東大経済学部を卒業して総務省に入省したエリートである。霞が関の人たちによれば、財務省のエリート官僚は将来代議士になり、総務省の官僚は知事になるのが最大の出世だそうだから、若くして兵庫県知事に当選した斎藤氏は最高の出世頭だろう。


 もっとも、エリート官僚が国民の生活よりもご本人の出世に精出すのは困ったものだが、総務官僚時代は東日本大震災の復興にも関わり、大阪府にも出向したそうで、地方自治の問題に取り組む意欲を強くしたようだ。東日本大震災の復興中に意気投合したのが「牛タン5人組」と言われる所以らしい。


 それはともかく、官僚時代に見てきた地方自治の問題を解決しようと張り切ったのだろう。それが知事業績になったようだ。


 だが、人格のほうはイマイチだ。仕事はできるが、トップに立つ人間としての魅力が、いや、器量がないのだ。維新の会の地方議員には働き盛りの若い人が多く、意欲的だが、その代わり破廉恥事件を起こしたり、問題を起こしたりすることが多いのも、斎藤知事と同様、人間としての成長に欠けているせいだろう。内部告発の内容もトップとしての問題点を突いたものだ。例えば、パワハラとして公用車が建物の玄関前ではなく手前で止まったことで、20mを歩かされた、と激怒したことや部下がエレベーターのボタンを押すのが遅れたことで怒鳴ったなどと言うのも、人間としての未熟さを露呈したものだ。


 しかも、相手は県職員という地方公務員である。公務員というのは就職したときには国民のため、市民のため、と意欲的だが、1年も経つと、当初の意気込みは消え、役所内の流れに従うようになってしまう。保守的になる。保守とは、現状維持の姿勢である。IT化が最も遅れているのは官公庁だという話がよく出るが、それも従来の方式を変えたくないという保守の姿勢から出ている。それでなくても前知事の時代が長かった。その前知事から斎藤知事に代わり、急に仕事の流れが変わったのだから保守的な職員が抵抗感を持ち、斎藤知事の行動がパワハラに走り、反感を抱くのは人間として当然なことだ。


 では、どうしたらいいのか。実は、かつて大手商社が設立させたレジャー施設のコンサルタント会社にいたことがある。田中角栄首相の列島改造論に乗って大手商社自身や系列会社にあっちこっちの山林を買わせたが、その後のオイルショックでほとんどが不良債権になり、その未開地をゴルフ場や会員制のテニスクラブをつくり有効活用するためのコンサルタント会社だ。当然、ロクな物件はない。


 ゴルフ場にどうか、という現場を視察して「新幹線の駅から遠過ぎるし、近くに高速道路もない。大規模な土木工事が必要だし宿泊ロッジをつくらなければならないし、経営の見通しも立ちそうもない」と報告すると、大手商社の課長氏は「豚の放牧場にしたらどうか。豚は本当は奇麗好きだぜ」という。牛が奇麗好きということは知っているが、豚も奇麗好きだとは知らなかった。


 あるいは、会員制テニスコートに活用する案で、設計図を用意した打ち合わせの席に、かねて「設計図ができたら、後は任せろ」と言っていたラケット会社の担当者が来ない。大手商社の課長氏が激怒したが、その翌日、ラケット会社が倒産したというニュースが入ってきたこともある。


 そんななかでも、どうにか完成に漕ぎ着けたゴルフ場もある。そのゴルフ場の設計者のTさんは常々「オレは造園屋だよ」と言う謙虚な人で、「土木工事を建築と同様にシステム化したい」と語り、工事が始まると現場のプレハブに2ヵ月も3ヵ月も泊まり込み、工事を指導する。すると、最初は「俺たちは土木の専門家だ」と自負し、Tさんの提案に抵抗していた大手建設会社の土木部長以下の連中がT先生、T先生と慕ってしまうのだ。このT氏は若い私に「人を褒めるときは皆がいるところで褒めろ、叱るときは当事者を陰に呼んで人のいないところで叱れ。どんな馬鹿でも人間には自尊心というものある。それを尊重しなければいけない」と言っていた。斎藤知事の内部告発騒動で、改めてT氏の言葉を思い出した。


 斎藤知事には、このTさんの思考が足りないのだ。公用車が玄関前に止まらなかったら、笑いながら「もう少し前まで行けないのかい」とでもいえばいいのだ。おねだりもすべきではない。言葉の行き違いだと言うだろうが、それは違う。視察先でリンゴにしろ、桃にしろ、視察先から提供されたら、財布から渋沢栄一か津田梅子を出し、貰った桃なり、リンゴなりは帰りの車に乗る際、案内した職員にあげることだ。桃が欲しくとも我慢が肝心だ。桃を知事から譲られた職員は嬉しかろう。知事のために働こう、という気になる。


 上に立つ人の心得である。「信を問う」という11月の知事選に立候補しても、斎藤知事自身が変わらなければ当選するのは難しかろう。(常)