2014(平成26)年の医薬品医療機器等法(薬機法)で「プログラム及びこれを記録した記録媒体」が医療機器に追加されてから十年。その間、20年8月に「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリおよびCOチェッカー」、22年4月に「CureApp HT 高血圧治療補助アプリ」、23年2月に「サスメドCBT-i 不眠障害用アプリ」が薬事承認され、プログラム医療機器(SaMD)を用いたデジタル治療(DTx)に対する期待が高まったが、足踏み状態で現在に至っている。


 そうした中、去る9月13日に行われた「第19回デジタルヘルスセミナー」(主催:関西医薬品協会、LINK-J、大阪商工会議所)では、non-SaMDを活用した健康行動の増加やマネタイズの方法に関する発表が複数あった。本稿ではDTxを中心にSaMDをめぐる国内状況を振り返ったのち、順調に事業展開しているnon-SaMDの事例を紹介したい。

 

■DTxの普及に外的要因も影響


【関連する概念の整理】17年に設立された国際団体Digital Therapeutics Alliance(DTA)(本部・米国)は、広義のデジタルヘルス産業を、❶狭義のデジタルヘルス、❷デジタルメディスン、❸デジタル治療(DTx)に領域分けしている〈図1〉。❶は「消費者に生活習慣・ウェルネス・健康関連の目的を保証するテクノロジー、プラットフォーム、システムなど」。❷は「医療関連サービスにおいて、エビデンスに基づく測定や介入を行うソフトウェアやハードウェア」。❸は「医学的な障害や病気に対して、エビデンスに基づく予防・管理・治療のための治療的介入を提供する製品」としている。


 薬機法に基づき規制される医療機器プログラムSaMD:software as machine device、サムディー)は、「医療機器としての目的を有しており、かつ、意図したとおりに機能しない場合に患者(又は 使用者)の生命及び健康に影響を与えるおそれがあるプログラム(ソフトウェア機能)」を指し、人の生命及び健康に影響を与えるおそれがほとんどないもの〔一般医療機器(クラスⅠ医療機器)相当〕は除く。一方、健康増進等を目的としたプログラムで薬機法の規制を受けないものを、non-SaMDという。


【デジタルヘルス市場への期待】(株)矢野経済研究所は23年に国内のデジタルセラピューティクス市場を調査し、同年11月時点で研究・開発が開始されている国産DTx製品数を76と推計。また、20~25年を「DTx黎明期」、26~29年を「DTx市場化期」、30~39年を「DTx発展期」に段階分けし、市場化期には「上市製品数は数十にまで拡大」「DTxから派生したnon-SaMDサービス(非医療機器アプリサービス)の展開も本格化する」と予測した。


【パイオニア3製品の現状】「黎明期」の現在、承認された製品の状況は、順風満帆とは言い難い。


 (株)CureAppの「CureApp SC」は20年12月に保険収載・販売開始されたが、21年6月以降、併用を前提とする禁煙治療薬バニレクリン(販売名:チャンピックス錠)の出荷停止が続き、思わぬ影響を受けている。「CureApp HT」は22年9月に保険収載・販売開始された。これに先立つ同年8月の中医協総会資料によれば、市場規模予測はピーク時(5年度)に使用患者数:70,231人、販売金額21.9億円とされている。


 一方、サスメド(株)の「サスメドCBT-i」は、24(令和6)年度診療報酬改定時の議論で、「医師が行う対面式の認知行動療法の不眠症への適用拡大」が見送られるとともに、同アプリも「評価すべき医学的有用性が十分に示されていない」とされたため、同社は24年1月に「保険適用希望書」〈図2〉を取り下げた。ただ、この改定で「疾患治療用プログラムに関して原則として特定保険医療材料として評価する旨の保険医療材料制度の見直しが行われた」ことから、新制度を前提とした規制当局と協議を経て「改定後の制度に則って保険収載の手続きを進めるため」、8月に製造販売承認事項一部変更承認申請を行っている。


【制度等の整備は進むも複雑】SaMD開発促進については、「プログラム医療機器の特性を踏まえた二段階承認(SaMDリバランス通知)」「医療機器の特性に応じた変更計画の事前確認制度(IDATEN制度)」「使用実績を踏まえた再評価に係る申請(チャレンジ申請)」などの制度の整備のほか、日本医療研究開発機構(AMED)、経産省、内閣府などもそれぞれに振興策を講じており、複雑である。


 





■エンタメ的しかけの背後にある長期戦略


 次に先述したセミナーから、non-SaMDの2事例を整理し、関連情報を補完して紹介する。


事例1  “仲間”と楽しく目標達成を目指せるプラットフォーム

【演題】デジタルピアサポートの研究紹介

【ソニー出身の演者】長坂剛氏(エーテンラボ(株) 代表取締役CEO)。ソニー(株)入社後、B2B営業、デジタルシネマビジネスの立ち上げ、本社事業戦略部門(マネージャー)、プレイステーションネットワークの新規サービス立ち上げ等を経験。


【行動変容にフォーカス】社名のA10は、感情や幸福感を司る脳のA10神経群に由来し、「行動変容でみんなを幸せにする会社」を謳う。ソニー社内の新規事業創出プログラムSSAP(Sony Startup Acceleration Program)のオーディションを通過、社内ベンチャーとしての短期集中育成期間を経て16年に設立、17年にソニー(株)から独立。同年から『みんチャレ』シリーズの提供を開始した。


【着目した課題】医療やヘルスケアの分野で、行動変容の課題(食事、運動、社会参加など)や「何をすればよいか」はわかっているが、継続が難しい。特に生活習慣病の治療が続かないことが医療費の膨張につながっている。


【ゲーム要素や行動経済学を取り入れた解決策】同じ体験や課題を共有する仲間(peer)が支え合うピアサポートを、アプリを介して実現する「デジタルピアサポート」。自分の行動を自ら認知して意味づけし、他者から正のフィードバックが戻ってくることで、「気づいたら習慣化し、健康になっているという体験」を提供する。これは行動を変えることで感情の変容をもたらす「行動活性化療法」に近い。


 具体的には、同社が「三日坊主防止アプリ」「習慣化アプリ」とも呼ぶスマホ向けのアプリ『みんチャレを介して、同じ目標を持つ5人1組で匿名のチームをつくり、目標達成に向けてその日に行った証拠写真やひと言メッセージを相互に送って励まし合う。


 AIのチャットボットなど楽しくチームビルディングができる工夫に加え、コンピュータゲームのゲームデザイン要素等を応用した「ゲーミフィケーション」、経済的なインセンティブや行動の強制をせずに人が意思決定する際の環境をデザインすることで自発的な行動変容を促す「ナッジ」も取り入れている。例えば、『みんチャレ』を続けるとコインが貯まり、地域の福祉施設への寄付や災害義援金などに使えるという機能もある。「自分が健康になる」と「社会が良くなる」「SDGsを循環させることができる」というサービスで、シニアにも好評だという。


【基本的な仕組みで特許を取得】特許は「複数のユーザがインターフェースを介してチャットコミュニケーションを行う」「サーバ端末がユーザ端末から所望のチームを選択する要求を受け付けてユーザをチームに登録する」「ユーザ端末から所定期間ごとに生活習慣情報を受け付け、サーバ端末のユーザデータ格納部に格納する」といった『みんチャレ』の基本的な仕組みについて『生活習慣改善の提供方法』として取得(23年3月、特開2023-030037)しているため、多様な展開が可能だ。


【自治体・企業・健保向け事業も展開】一般向け事業のほか、自治体向けに「フレイル予防」「生活習慣病の重症化予防」、企業・健保向けに「禁煙・健康増進」「ダイエット」「販促支援」の事業等も展開している。


フレイル予防事業:対象となる高齢者に『みんチャレ使い方講座』を実施。スマホ操作の習得とオンラインによる健康づくりを一体化したアプローチによって、参加者同士がつながり、自力でフレイル予防を継続できる仕組みを提供している。自治体は、アプリ利用データから可視化された事業の効果を確認でき、将来的な介護費用の削減を期待できる。


みんチャレ禁煙:❶企業・健保提供の禁煙プログラムで苦労しがちな参加者集め(ナッジを活用したチラシ・HP等の勧奨ツール)→❷3ヵ月の禁煙プログラム〔禁煙補助薬(日本調剤オンラインストアと連携しニコレット/ニコチネルパッチを自宅配送)+『みんチャレ』+事務局機能(禁煙ノウハウ提供、禁煙状況の定期確認〕→❸再喫煙防止(『みんチャレ』で禁煙に成功した仲間と継続にチャレンジ)の3ステップから成る。日立健康保険組合、ヤマハ、関西電力、SOMPOひまわり生命、WingArc 1ほか多くの企業・健保に採用されている。


【成果報酬型のマネタイズ】『みんチャレ禁煙』は医療機器ではないので効能・効果は謳えないが、企業・健保が採用しやすいよう、「初期費用20万円/回、参加費用3.3万円/人、禁煙が成功しなかった場合2.3万円/人(いずれも薬代込み)」という成果報酬型のビジネスモデルにしている。1回の募集で515人参加、禁煙成功率54%という例示(日立健保)から単純計算すると、単年度で約1,500万円になる。


【研究機関と協働しエビデンスを収集】24年9月現在、国内16の研究機関と、デジタルピアサポートを用いた生活習慣病・フレイル予防のエビデンスづくりを進めている。テーマは「糖尿病」「フレイル予防」「外出促進」「特定保健指導」「野菜摂取」「歩数」「リハビリ(精神、アルコール、作業療法)」「ADHD」など多岐にわたる。「高齢者の身体活動量増加の検証(JMIR Aging, 2024)」「健常者へのコミットメントナッジによる歩数変化の検証(PLOS ONE, 2024)」については論文を発表済みだ。同社は将来的な保険適用や世界展開も視野に入れているという。


【効果の出せるヘルスケア産業を目指す】ヘルスケア分野の研究は医薬品に比べると、コントロールされた状況下での研究が難しく、症状が重くない人が対象であるため効果の幅が狭い等のハードルがある。また、医療機器化や保険償還等の規制改革が進んでいるものの、ビジネスモデルが確立されておらず、多大な研究費をつぎ込みにくい。長坂氏は「デジタルヘルス業界としてアウトカム評価を導入する方向で進めていきたい」「エビデンスを積み上げて、治療ガイドラインに“生活習慣の改善または治療アドヒアランス向上のためにデジタルピアサポートが有効”と書かれるような世界、最終的には持続可能な仕組みでウェルビーイング社会の実現を目指していきたい」と語った。

 


■リスクに“備える”だけの生保から脱却


事例2 自分の健康増進で“未来を変えていく”保険

【演題】WaaS(Well-Being as a Service)エコシステムの構築に向けた取組みについて

【ブランド戦略やオープンイノベーションに携わってきた演者】藤本宏樹氏(住友生命保険相互会社 常務執行役員 兼 新規ビジネス企画部長)。通産省(当時)出向、秘書室長、経営総務室長などを経て、2011年に同社のブランド戦略プロジェクト、19年に新規ビジネス企画部を立ち上げ。20年末にはCVCファンド「SUMISEI INNOVATION FUND」を設立し、WaaSエコシステム構築、デジタル保険ビジネスなどの領域でオープンイノベーションを推進してきた。


【時代とともに社会貢献の中身が変化】1907(明治40)年創業の同社は、52(昭和27)年に現社名になって以来、「社会公共の福祉に貢献する」をパーパス(存在意義)としている。ただ、社会貢献の中身は時代とともに変化してきた。寿命が次第に延びている時代には、死亡後の遺族補償、長生きのリスク、働けなく立ったときのリスク等に備える「経済的ウェルビーイング」。平成に入ると平均寿命と健康寿命に差が生じ、健康寿命の延伸を手伝うことが社会貢献という時代になった。


【自分の健康リスクを減らすと各種の特典が】従来型の保険はリスクに備えることはできても、減らす力はない。そこで、生命保険契約と健康プログラムを組み合わせた健康増進型保険『Vitality を提供し、「経済的ウェルビーイング」だけでなく「健康(面の)ウェルビーイング」を提供することにした(18年7月発売)。


 この商品は、生命保険契約と『Vitality 健康プログラム』の2本立てになっている。『Vitality 健康プログラム』は、ウェアラブルデバイスとスマホ向けのアプリを連携させて加入者のデータを蓄積し、「健康活動量」が多いほどポイントが溜まる仕組み。ポイントに応じて、保険料の割引に加え、特典(リワード)を獲得できることが大きな特徴だ。


 加入時に基本の保険料から15%割引(スタートダッシュ割引)。そこから1年間の累計ポイント(pt)に基づいて判定した4つのステータスに応じて毎年保険料が変動する。ブルー(0pt以上)は+2%、ブロンズ(12,000pt以上)は±0%、シルバー(20,000pt以上)は-1%、ゴールド(24,000pt以上)は-15%なので、トータルで基本の保険料から最小で13%、最大30%の割引となる。


【長期・短期のメリットで継続の動機付け】1年スパンの保険料割引に加え、短期のメリットも提供して行動変容を促す仕組みがある。一つは加入者が利用できる、健康関連の製品・サービス等〔健康診断(血液検査)、ウェアラブルデバイス、フィットネスジム、スポーツ用品、ヘルシーフード、旅行代金〕の割引。このほか、1週間単位で設定する運動ポイント目標を達成すると特典が受けられる「アクティブチャレンジ」も実施。目標達成でスターバックスやコンビニのドリンク等と交換できる各種チケットのほか、あしなが育英会、日本対がん協会、日本赤十字社、WWFジャパン等への寄付も選択できる。実際、日本対がん協会への寄付は3年間で2億数千万円が集まった。


 人は一度手にしたメリットを手放すときに痛みを感じる傾向があり(損失回避の法則)、保険料が上がるくらいなら、頑張って活動する。すると、より健康になり、保険会社の支払いが減り、社会全体の医療費も減るといった「三方良し」が期待できる。


【世界展開する本家 Vitality】住友生命の『Vitality』は、南アフリカの大手金融会社Discoveryと提携し、日本人の生活習慣や健康増進の取り組み状況に適した保険商品を共同開発したも

のだ。1992年設立のDiscovery社は、97年に健康増進型保険Vitalityを発売し、世界的な評価を得た。日本発売直前(18年6月末)には、世界17の国と地域で約840万人に提供されていた。


【加入者データの集積と事業展開】加入者の行動データやアンケートから健康意識の変化だけでなく、一日当たりの歩数増加とその後の継続、加入時血圧高め(収縮期血圧140mmHg以上)だった人の血圧低下などのデータが得られている。


 24年3月には、企業向けに『Vitality 福利厚生タイプ』を発売。従業員に『Vitality 健康プログラム』を利用してもらい、取り組み状況の月次・年次レポートを企業に提供するほか、各種サポートメニューを提供して健康経営を支援するもので、既に多くの契約申し込みがある(『Vitality』加入者数はこの福利厚生タイプ発売時に約130万人としていたが、24年9月には間もなく累計200万人に到達するとプレスリリースしている)。


 生命保険会社には、ウェアラブル端末から得られるデータ、食生活等のオンラインアンケートへの回答内容、健康診断結果等、入口から出口までのデータが集積している。個人の健康状態や生活習慣の改善につなげるべく、このビッグデータからパターンや関連性を解明すべく(株)PREVENTとの共同研究を24年8月に開始した。また、茨城県鹿嶋市の社会実装事業では、対象者をリスク分けし、低~中リスク者には『Vitality 健康プログラム』、高リスク者にはPREVENT社の生活習慣改善プログラム『Mystar』を使ってもらうことで、ポピュレーションアプローチとハイリスクアプローチを同時提供している。12,000人規模の健保で、5%のハイリスク者が全医療費の52%を使っているというデータもあり、ハイリスクアプローチは医療費削減につながるとの期待が高い。


【価値とマネタイズのポイントをずらす】日本人は「病気になったら医療機関に行けばよい」という感覚があるため、デジタルヘルスアプリになかなか自費を投じないというのが関連各社の悩みだろう。その点で、「バリュー(価値)ポイントとマネタイズポイントをずらすことが結構大事」(藤本氏談)。『Vitality』の場合は、それぞれ健康プログラムと保険契約に相当する。マネタイズはあくまで保険の部分で行う。


 なお、保険商品とは別に一般向けに『Vitality健康プログラム』単体も有料で提供している。標準プログラムで月額880円(税込)で年間約1万円。24年4月時点で約129億円(約129万人分)の収益を上げているが、この部分は利用者に還元してぎりぎり赤字にならない運営をしている。


【SDGsの先を見据えウェルビーイング事業に注力】持続可能な開発目標(SDGs)への取り組みは30年以降も続いていくだろうが、その後のキーワードは“Well-Being”(身体的・精神的・社会的に良好な、満たされた状態)になるだろう。政府の骨太方針、省庁や地方自治体の指標、企業の有価証券報告者等でこの言葉が激増している。SDGsの焦点が負の課題の解決であるのに対し、ウェルビーイングは正の価値創造といえる。藤本氏は「個人のウェルビーイングの可視化にも取り組み、病があっても年を重ねても幸せに生きられるような色々なサービスを生み出していきたい」と語った。


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 紹介した2事例は背景や業種が異なるものの、共通点がある。まず、商品・サービスの開発・提供にあたって行動経済学や心理学を取り入れ、「健康になりたい」「自分が達成した記録を確認するのが好き」「割引など実利的な部分に魅かれる」「仲間とのコミュニケーションを楽しみたい」「ゲームっぽく楽しみたい」など、さまざまな特性の人を “どこかで引っ掛けて”継続させる要素を複数ちりばめていること。事業に対する視界が広く、多層的な展開をしていること。さらに「自社の商品・サービス展開によってどういう新しい世界を実現させたいか」という長期ビジョンがあることだ。


 医療の世界にどっぷり浸かり、SaMDとしての承認や保険適用という一筋の道にフォーカスしていると行き詰まりがちだ。患者を対象とするDTxの場合、治療や生活習慣改善を継続する切実感は一般の人より強いかもしれないが、義務感や自己効力感だけでは動機付けとして弱い。他領域の企業が関わるここうしたnon-SaMDからも何らかのヒントが得られるように思う。


(2024年9月27日時点の情報に基づき作成)

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。