久々に帰った実家であふれ返るモノに驚く。ゴミ屋敷の一歩手前だ。しかし、もう二度と使わないであろうモノ(ゴミにしか見えない)を捨てようとすると、「余計なことをするな」「私は昔の人間だから捨てられない」と親が怒り出す。こうした経験をした息子・娘は少なくないだろう。


『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』は、10万人以上の高齢者と接してきた医師が、高齢者の問題行動が起こる背景を解説し、対策をアドバイスしてくれる1冊である。


 散らかっているだけでなく、意固地になった、涙もろくなった、何か臭う、テレビショッピングで買い物をしまくる、投資詐欺に引っかかる……。


 若い頃を知っていれば信じられない問題行動を、年老いた親は起こしてしまうが、これらは〈老化による体の変化が原因である可能性が高い〉。


 例えば、〈部屋が散らかるのは「よく見えていないから」〉。80歳を超えるとほぼすべての高齢者が白内障になるが、テレビや新聞が見えにくくなり、色の差がわかりにくくなる。


 寝たきりなどにもつながりやすい「転倒事故」も白内障により〈段差を陰影で判断するのが難しくなってしまう〉ため生じやすくなる。


 猛暑のさなか、エアコンをつけずに救急搬送される高齢者が絶えないのは、「エアコンは体に悪い」と考えるからだけではない。〈歳を重ねるごとに人は気温に対して鈍感になってい〉く面もある。加えて〈のどの渇きを感じにくくなっている〉という。


 耳が聞こえにくい、声が出にくい、味覚(特に塩味)を感じにくくなる、楽観バイアスが強くなる、共感性が上がる、〈感情を伴う記憶が残りやすい〉……。加齢に伴って、人はあらゆる機能が落ちてくる。中年以上の人ならある程度機能の衰えを実感していると思うが、それがさらに進んでいき、問題行動となって現れるのだ。


 認知症が疑われるケースなどをはじめ、気になる症状があれば医療機関を受診しておくのは大切だが、単なる加齢が原因であればあわてる必要はない。


■親に行動してもらうのは難しい


 ただし、〈逆にあわてたほうがいい場合〉もあるという。


 例えば、〈症状が現れたらできるだけ急いで病院に行ったほうがいいのが脳卒中〉。〈片麻痺やしびれ、顔のゆがみ、言語障害〉などが主な症状だ。〈これまで経験したことがない激しい頭痛や、意識障害〉などが生じたら、くも膜下出血の恐れもある。


 著者の専門の眼科領域では、「網膜動脈閉塞症」「緑内障発作」「眼外傷(眼球破裂)」の3つが〈緊急性があるもの〉として紹介されている。


 死や重篤な病気、介護につながる恐れがある症状については、知識を持っておいたほうがいい。


 気になる症状があれば、親に何らかのアドバイスをしたり、医師の診断を受けさせたりしたいところだが、〈高齢の親に何かをお願いして、その通りに行動してもらうのはなかなか難しいもの〉。


 親にしてみれば「子どもに言われたくない」「まだまだ衰えていない」という意識があるだろうし、子は親が問題行動を起こしてしまうことや思いが伝わらないことに冷静でいられない部分もある。


 本書には、高齢の親とのコミュニケーションについて、〈心配している気持ちを伝える〉。耳が遠くなった高齢者には、〈「低い声で・ゆっくりと・正面から」話しかける〉。〈「同じ話を繰り返す」のはむしろ歓迎する〉といったアドバイスが記されている。


 高齢者の特性や対処法を知っておけば、ついカッとなりがちな親とのコミュニケーションも円滑に進みそうである。


 そして、もうひとつ。問題行動は親だけの問題ではない。〈老いた親の姿は「将来の自分」〉でもある(父母が苦言を呈していた祖父母にそっくりの問題行動をするようになった経験がある人もいるだろう)。そう考えると、本書に描かれる高齢者の特性や対処法は自分の問題でもある。


 人は40歳を超えると、年齢を2割引で考える傾向にあるという。言われてみれば……。本書の内容が当てはまるのは、「高齢の親が心配」と手に取った自分自身でもあった。(鎌)


<書籍データ>

老いた親はなぜ部屋を片付けないのか

平松類著(日本経済新聞出版 990円)