令和6(2024)年度上期(4~9月)に、国内で承認された新有効成分含有医薬品(NME: New Molecular Entity)25品目だった。今回は製造販売元が外資系企業である13品目のうち、がん領域の6品目を紹介する。
■固形がん:新規モダリティも登場
がん領域のうち、固形がんに対しては分子標的薬として、低分子化合物2品目と新規モダリティの抗体医薬2品目が承認された。また、4品目中3品目が非小細胞肺がん(NSCLC)の治療薬だった〈表1〉。
【NSCLCと遺伝子異常】国内における肺がんの診断数は約12万人、死亡数は約77,000人、5年相対生存率は34.9%。NSCLCは、肺がんの75~80%を占め、5年生存率は、Ⅰ期74.6%、Ⅱ期47.7%、Ⅲ期28.2%、Ⅳ期8.4%と、病期とともに低下。進行した状態では、薬物療法が治療の中心になる。EGFR遺伝子、ALK遺伝子、ROS1遺伝子、BRAF遺伝子、MET遺伝子、RET遺伝子、NTRK遺伝子、KRAS遺伝子、HER2遺伝子に異常がある場合などに、対応する薬物療法を検討する。
【ハイイータン HAIYITAN/グマロンチニブGumarontinib、海和製薬】グマロンチニブは、間葉上皮転換因子(MET)受容体チロシンキナーゼを阻害する分子標的薬(低分子化合物、分子量477.50)。
効能・効果は「MET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性の切除不能な進行・再発のNSCLC」。同変異検出のためのコンパニオン診断薬は「AmoyDx 肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」(理研ジェネシス)。
MET遺伝子は受容体型チロシンキナーゼをコードしている。METはリガンドである肝細胞増殖因子(HGF)と結合し、MET分子中にさまざまなシグナル伝達分子との結合部位を形成させ、腫瘍細胞の増殖・遊走・浸潤・血管形成を促進する。エクソン14領域の欠失があるとMET活性が増幅し、がん化につながるとされる〔内藤ら 肺癌, 2021.〕。同剤は、METのリン酸化を阻害することで下流のシグナル伝達を阻害し、腫瘍増殖抑制作用を示すと考えられる。
海和(ハイヘ)製薬は、主としてがん領域の薬剤開発に注力するHaihe Biopharma(上海)の子会社(21年設立)。承認時のプレスリリースによると、NSCLCのうちMET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性の発現頻度は3%程度とされており、「同剤の治療対象となり得る患者数は1,200名/年程度と推定される」としている。また、同社予測によるピーク時(4年度)の投与患者数は297人、販売金額は16億円(薬価算定時資料)。
【オータイロ Augtyro/レポトレクチニブ Repotrectinib、BMS】レポトレクチニブは、トロポミオシン受容体キナーゼ(TRK)、ROS1融合遺伝子によりコードされる受容体チロシンキナーゼ(ROS1)、未分化リンパ腫キナーゼ(ALK)等のチロシンキナーゼを阻害する分子標的薬(低分子化合物、分子量355.37)。「-trectinib」はTRK阻害剤を意味する。
効能・効果は「ROS1融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発のNSCLC」。コンパニオン診断薬は、上記グマロンチニブと同じく「AmoyDx 肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」。
同剤は分子量が小さく、独特の三次元大環状構造を有するため、アデノシン三リン酸(ATP)結合部位に正確かつ強力に結合することで、既存のチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)に対して臨床で生じるさまざまな耐性変異(特に、薬剤結合部位の入口solvent frontの耐性変異による立体障害)を回避可能と考えられている。
【ライブリバント RYBREVANT/アミバンタマブ Amivantamab、ヤンセン】アミバンタマブは、ヒト上皮成長因子受容体(EGFR)およびMETに対する抗原結合部位を有するヒト型IgG1二重特異性モノクローナル抗体(BsMab:bispecific monoclonal antibody)。
効能・効果は「EGFR 遺伝子エクソン20挿入変異陽性の切除不能な進行・再発のNSCLC」で、カルボプラチンおよびペメトレキセドとの併用で用いる。
同剤は、EGFRまたはMETシグナル伝達が活性化されたNSCLC細胞において、シグナル伝達阻害と抗体依存性細胞傷害(ADCC:antibody-dependent cellular cytotoxicity)を介して腫瘍増殖抑制作用を示すと考えられている。コンパニオン診断薬は、「オンコマイン Dx Target Test マルチ CDxシステム」(ライフテクノロジーズジャパン)または「Guardant360 CDx がん遺伝子パネル」(ガーダントヘルスジャパン)。
同社プレスリリースによると、細胞の増殖や分裂をコントロールする受容体型チロシンキナーゼであるEGFRの遺伝子変異はNSCLCにおける最も一般的なドライバー遺伝子変異(がんの発生・増殖に直接関わる遺伝子の変異)であり、EGFR遺伝子変異を有し、TKI治療歴のある進行性NSCLC患者の5年生存率は20%未満。特に、EGFR遺伝子を活性化する変異として3番目に多い「EGFR遺伝子エクソン20挿入変異」がある患者の5年生存率は8%未満と低い。
なお、承認取得後から薬価収載前日まで、厚生労働省の定める保険外併用療養費制度のもと、同剤および「Guardant360 CDx がん遺伝子パネル」の検査結果を無償で提供する「倫理的無償供給プログラム」を実施する。実施医療機関は、第Ⅲ相PAPILLON試験(NCT04538664)の治験を実施し、「添付文書に従った使用」および「本プログラム期間中の有害事象や副作用等の安全性情報報告等安全対策への協力」を条件に、J&Jとの「無償提供に関する合意書」を締結した施設。
◆ ◆ ◆
【トロデルビ TRODELVY/サシツズマブ ゴビテカン Sacituzumab Govitecan、ギリアド】サシツズマブ ゴビテカンは、がん細胞表面抗原TROP-2(trophoblast cell surface antigen-2)を標的とする抗体薬物複合体(ADC:antibody-drug conjugate)。❶抗TROP-2ヒト化モノクローナル抗体に、❷pH応答性・加水分解性のリンカーを介して、❸トポイソメラーゼ阻害剤イリノテカンの活性代謝物SN-38をペイロード(標的細胞を死滅させる細胞傷害性薬物)として結合させている。「-tecan」はトポイソメラーゼⅠ阻害剤を意味する。ADCの薬効や安全性に大きな影響を及ぼす薬物抗体比(DAR:drug antibody ratio)は約8:1。
効能・効果は「化学療法歴のあるホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌」。
エストロゲン受容体陰性、プロゲステロン受容体陰性、ヒト上皮成長因子受容体2型(HER2)陰性のトリプルネガティブ乳がん(TNBC)は、早期に再発しやすく、内臓転移を来していることが多い。ホルモン療法やHER2を標的とする薬剤が効かないため、細胞傷害性の抗がん薬や免疫チェックポイント阻害薬などが用いられてきたが、新たな選択肢として登場したのがADCである。
TROP-2はほとんどのヒト固形がんに高発現し、乳がんにおける発現率は90%以上とされる。細胞の遊走・増殖など腫瘍の進行過程や予後不良との関連が報告され、ホルモン受容体やHER2と異なる治療標的とされた。
同剤は、❶によってTROP-2を発現している標的腫瘍細胞に結合し、細胞内に取り込まれる。次いで、リソソーム内腔等の酸性条件で❷が加水分解されて❸が遊離。トポイソメラーゼⅠを阻害することで抗腫瘍活性を示す。トポイソメラーゼは、DNA複製のために一度らせんを解消する働きを持つ酵素。トポイソメラーゼⅠは、DNAのらせん構造の1本を切断して結合させる。トポイソメラーゼの阻害によってDNAの切断と再結合が阻害されることで、がん細胞は正常な分裂ができなくなり、アポトーシスが誘導される。また、❸は腫瘍微小環境にも放出され、周囲の腫瘍細胞にも抗腫瘍活性(バイスタンダー効果)を示す。
■血液がん:年間対象患者はピーク時100~200人台
血液がんに対しては分子標的薬(低分子化合物)2品目が承認された〈表2〉。
【ジャイパーカ Jaypirca/ピルトブルチニブ Pirtobrutinib、イーライリリー】ピルトブルチニブは、多くのB細胞系のリンパ腫や白血病に認められる分子標的であるBTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)の阻害剤。BTKは、免疫細胞(B細胞、マクロファージ、マスト細胞など)に存在しB細胞の分化や活性化を制御するプロテインキナーゼ(B細胞受容体の下流シグナル伝達分子)だ。同剤はBTKに可逆的に非共有結合し、キナーゼ活性を阻害することでB細胞性腫瘍の増殖を阻害すると考えられている。
効能・効果は「他のBTK阻害剤に抵抗性又は不耐容の再発又は難治性のマントル細胞リンパ腫(MCL)」。MCLは、主としてリンパ節濾胞のマントル層を起源とする異常なB細胞の増殖によって発症する希少な血液がん。国内における悪性リンパ腫の診断数は約36,000例、MCLの発症頻度は悪性リンパ腫の3%程度とされる。発症年齢中央値は60歳代半ばで男性に多い。進行すると、骨髄、脾臓、肝臓、消化管に浸潤する可能性がある。標準治療は確立していないが、放射線治療や、分子標的治療薬と細胞傷害性抗がん薬の併用が行われている。
同社予測によるピーク時(8年度)の投与患者数は137人、販売金額は11億円(薬価算定時資料)。
◆ ◆ ◆
【オムジャラ Omjjara/モメロチニブ Momelotinib、GSK】モメロチニブは、ヤヌスキナーゼ(JAK)1、JAK2およびアクチビンA受容体1型(ACVR1)を阻害するJAK/ ACVR1阻害剤。JAK1とJAK2は、いずれも非受容体型のチロシンキナーゼ。ACVR1〔別名アクチビン受容体様キナーゼ2(ALK2)〕は骨形成因子(BMP)受容体の一部を構成するタンパク質で、骨・心臓・脳その他の組織の発達を担う経路で機能する。BMPは、さまざまな炎症性疾患における重要な調節因子だ。
効能・効果である骨髄線維症(MF:myelofibrosis)は、JAK-STAT(シグナル伝達 兼 転写活性化因子)経路の恒常的な活性化によって、骨髄に広範な線維化をきたす疾患の総称。造血幹細胞レベルで生じた遺伝子異常によって発症する原発性骨髄線維症 (PMF:primary MF)と、真性多血症・本態性血小板症などの血液疾患に続発する二次性骨髄線維症(二次性 MF)に分けられる。効能又は効果の設定根拠となった主要な第Ⅲ相試験は両者を対象としている。また、MFでは炎症性サイトカインIL-6の産生量が増加していることが知られている。
臨床的には、脾腫、重度の貧血、血小板減少症を含む血液細胞の産生異常、炎症性サイトカインの過剰産生による消耗性の全身症状(倦怠感、寝汗、骨の痛みなど)が見られる。
MFの主要症状である貧血は、サイトカインの過剰産生→ACVR1を介したシグナル伝達の活性化→へプシジン(血中鉄濃度を調節するホルモン)の産生増加→腸管からの鉄吸収の低下→マクロファージ内への鉄の取り込みの亢進、赤血球造血のための鉄利用能の低下という機序で生じる。
同剤は、野生型JAK1、JAK2ならびに変異型JAK2の活性を阻害することから、JAK-STATシグナルの阻害によって抗腫瘍効果を示すと考えられる。
また、へプシジンの遺伝子発現を促すACVR1/SMADシグナル伝達を阻害することで、貧血改善効果を示すと考えられる。なお、SMADは、TGF-βファミリーのシグナルを伝達する、さまざまな標的遺伝子転写の「分子スイッチ」。
同社予測によるピーク時(5年度)の予投与患者数は284人、販売金額は41億円(薬価算定時資料)。
PMDAの「新医薬品の新薬承認品目一覧」、厚労省の「新医薬品一覧表(令和6年8月15日収載予定)」および2024年11月6日現在の情報(各薬剤のインタビューフォーム、医療用医薬品添付文書、審査報告書、各社プレスリリース等)に基づき作成
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。