2024年は保守vs.リベラルという以前からの政治的枠組みを押しのけて、「SNSポピュリズム」とでも呼ぶべき右派の新興勢力が突如台頭するきっかけとなった年として、おそらく後世に記憶されるだろう。代表的な出来事はもちろん、先の米国大統領選におけるトランプ氏の復権だが、その後各国から次々流れてくるニュースの断片にも、似たような地殻変動の広がりが感じられる。


 現在ルーマニアで行われている大統領選挙では、下馬評では無名に近かった極右の候補者が突如として大躍進、決選投票に進出し、同国の憲法裁判所は6日、「外国勢力の介入」があったとして1次投票のやり直しを命じた。一部の人気インフルエンサーは多額の報酬を得てTikTok動画をバズらせたと明かしているらしい。また、これは日中関係の話題だが、両国の民間団体が続けている「共同世論調査」でこのほど第20回調査の結果が発表され、中国側データのかつてない激変が注目されている。日本の印象を「よくない」と答えた人が前年より24.8ポイントも高い87.7%に跳ね上がり、日中関係を「重要ではない」とする中国人の割合も前年比40.5ポイント増の59.6%となったのだ。


 この1年、日中が対立する目立ったニュースはないにもかかわらず、対日イメージが激変した背景には、中国のSNS上で現地にある日本人学校を「スパイ養成所だ」と決めつけるデマ情報が急速に広がったことなどが影響したと見られている。9月には深圳で日本人学校に通う男児が刺殺される事件も起きており、そのときもこうしたSNS環境の影響がささやかれた。


 さらなる衝撃は、韓国が「自主クーデター」の瀬戸際に立たされた先日の戒厳令をめぐる大騒動である。尹錫悦大統領によるあまりに唐突で無謀な行動に、当初その判断を訝る識者が多かったが、神戸大学の木村幹教授は、戒厳令を発した尹大統領が、ねじれ国会で多数を占めている野党を「従北反国家勢力」と呼んでみせるなど「典型的右派陰謀論」に染まりきった物言いをしていると指摘した。14日放送のTBS『報道特集』でも韓国のインテリジェンス機関・国家情報院出身の国会議員が、尹大統領が政府の情報機関より極右ユーチューバーの発信を信じ込み、直接ユーチューバーたちと連絡を取り合っていると語っていた。


 今週の『週刊文春』は「尹大統領『戒厳令』『毎週弾劾』で国家崩壊 韓国超反日党首李在明が狙う石破内閣“標的はこの3人”」、『週刊新潮』は「大混乱 韓国『戒厳令』ショック」という記事で、隣国の政変を特集しているが、両誌とも記事のポイントは、日本との関係を重視する尹政権が今回の戒厳令失敗により倒れたあと、次なる政権が必ずや「反日路線」に舞い戻るリスクに置いている。ただ、私の危機感は少し違う。「極右陰謀論にハマった親日の尹政権」と「毎度おなじみ反日の次期政権」を比較して見た場合、「前者のほうが好ましい」と断言することにためらいを覚えるのだ。日米韓の枠組みでも、トランプ氏がそもそも陰謀論者のポピュリストなわけだから、3ヵ国の「かつてない蜜月」にも諸手を挙げて喜べない。いつ何どき、突飛な外交に打って出るかもわからない扇動政治家に振り回されるより、ある程度常識をわきまえた「冷たい関係の同盟国」を相手にするほうが、対策はむしろ立てやすいのではないか。


 陰謀論の扇動に踊らされる人々が、多くの国々で激増するなかで、わが国でも都知事選における石丸現象や兵庫県知事選での斎藤フィーバーなど、似たような現象が起き始めている。問題はネットでのデマ情報は正確な事実より何倍も拡散力があり、ウソをウソとひとつひとつ正すには、膨大な手間暇がかかってしまうため、人海戦術のデマ宣伝が一気に繰り広げられたなら、正攻法の反撃ではとても追いつかないということだ。かといって、このような扇動キャンペーンの潮流は、その効果が劇的であるがゆえに、歯止めは当分かかりそうにない。国民のリテラシーが突如向上するとも思えない。日本も世界も、来年はより一層カオスな状況に突入してゆくと覚悟すべきだろう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。