放火殺人未遂に30%報酬カットの軽薄


 まさに鬼畜の所業、である。


 野村證券の元社員・梶原優星(ゆうせい・29歳)容疑者は2024年7月28日、広島市在住で自らの顧客である高齢女性(84歳)の自宅を訪問し、睡眠作用のある薬物を飲ませて住居に放火した挙句、現金2600万円をバッグごと奪った。容疑者は、投機性の高い外国為替取引にのめり込んで損失を重ね、その穴埋めに自らの顧客の資産を強奪したとされる。


 一連の報道によると、容疑者は事件当日、同證券広島支店の上司に対して顧客の火事を報告後も通常業務に従事していたという。その後、広島県警が放火の疑いで容疑者を逮捕、同社は8日後に懲戒解雇した。野村證券が事件の経緯を説明したのは10月末の逮捕後で、事件発覚から2ヵ月以上経過していた。奥田健太郎社長が事件を受けて記者会見し陳謝したのが12月4日。報道対応は再三後手に回った。


 陳謝の中身がまた、ふるっていた。社長以下の経営陣が月額報酬の30%を自主返納するほか、自宅訪問の際には管理者が同席または訪問の前後に管理者が顧客と電話で面談する。また、顧客と接点のある営業担当者については、会社貸与の携帯電話や社用車のドライブレコーダーなどを使って不審な点がないかどうかをチェックする。


 末端の社員は悪いことをするが、管理者はみな善人との前提に立っているようだ。スマホやドラレコの機能を妄信し依存するようでは、この先事件を防ぐことはできない。被害に遭った女性は、信頼している証券マンに裏切られ殺されかけたことで「震えが止まらない」と恐怖感に怯えた。人ひとり殺めようとした事件である。サラリーマン社長のひとりの首など吹っ飛んでもおかしくない。


(野村證券・奥田健太郎社長)


 会見での奥田社長の表情を見ると、いかにも不承不承という感じがした。社員ひとりの不祥事ごときで辞めせられてたまるかと言いたげだった。証券最大手野村の傲慢は昔からの伝統でもある。田淵義久社長(当時)は1991年6月の株主総会で、証券スキャンダルの発端にもなった損失補填について「大蔵省の承認を得ている」などと豪語した。発言に恐らく間違いはないが、公式の場で言う話ではない。野村がいかに当局を篭絡させていたかを物語る。今回の不祥事でも、あわや大惨事になったかもしれない事件の責任を取るだけの職業倫理感は見えてこない。トカゲの尻尾切りで十分、との過信が透ける。


 そもそも、インターネット万能の現代において、いまだに対面営業に拘ること自体が野村の後進性を象徴している。同社は2006年にネット専業の「ジョインベスト証券」を設立したが3年あまりで本体と統合、早々とネット証券に見切りをつけ、対面のグレードによって手数料を稼ぐ古色蒼然のスタイルに固執してきた。オンライントレード分野では、野村を飛び出した総帥・北尾吉孝率いるSBIグループに完全に水を空けられている。野村が証券業界トップのガリバーで、モーレツ営業の代名詞「ヘトヘト証券」と揶揄されていたことを知る者も今では数少ないだろう。


 証券業界では今年10月、東京証券取引所で職員によるインサイダー疑惑が表面化し、証券取引等監視委員会の強制捜査を受けた。上場開示の情報取り扱いに従事する担当者の不祥事で、証券市場の信頼は地に堕ちている。そんな業界の最大手で起きた殺人未遂事件。社員も社員だが社長も社長、市場も市場。カネのあるひとは、環境浄化のためにもドブに捨てるほうがマシである。


天下の三菱、女性管理職に完敗


 野村と同じく、銀行業界で最大手の三菱UFJ銀行でも、とんでもない不祥事が起きた。事件は11月に表面化し報道が相次いだが、貸金庫にある顧客資産の窃取は2020年4月から24年10月までの4年半、都内の2支店で起きていた。犯行に及んだのは40歳代の女性管理職。被害総額は時価10数億円という。



 加藤勝信金融担当大臣が12月中旬、この事件に対して遺憾の意を表明したことで同行経営陣は責任を明確にすると思ったが、報酬減額さえなく謝罪で頭を下げただけだった。今までなら、金融担当の大臣が「遺憾だ」と発言すればトップの辞任は不可避だった。銀行も手玉に取られたが、大臣も舐められたものである。放火して金を強奪した証券マンと貸金庫のカギを悪用した銀行ウーマン。長く金融業界をウオッチしてきた者としては、隔世の感がある。


不祥事満載、経団連会長をゲット


 テクノロジ-の進化で金融業務が激変したものの、銀行の役割は基本的には変わっていない。顧客に決済の利便を提供し、預金を受け入れ、たまに金を貸す。変わったのは働く人の質と周囲の評価ではないか。学生の就職ナンバーワンは、かつて都市銀行がランキング上位を独占していた。保険や証券も高給で高い人気を誇った。しかし、その人気はなく凋落している。憧れる業界でなくなっているから、人材の質も落ちる。


 生保では外務員の不祥事が再三起き、乗合代理店の推奨営業におけるリベート問題もある。損保はビッグモーター事件に端を発する不適切な自動車保険請求や大企業カルテルがあった。銀行・保険・証券は不祥事のオンパレードである。そこに持ってきて、経団連の次期会長に金融業界初となる日本生命会長の就任が発表された。世間の風評をものともしない経団連の選択に、口あんぐりである。


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平木 恭一(ひらき・きょういち)

明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 最新金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、宝島新書『超絶! プロ野球噂の真相』(共著:宝島社)など。https://www.k-hiraki.com/