今週の『週刊文春』は「訃報から4日後、山口寿一社長が語った独占100分“ナベツネ後の読売”」など4本の記事から成る全9ページの「渡辺恒雄主筆の大往生」特集、『週刊新潮』は「政界を牛耳った読売『ナベツネ』の記者人生」という3ページの追悼記事を載せた。ライバルを次々排除して巨大新聞社の独裁的経営者となり、昭和から平成の政界でフィクサーとしても君臨した故人の足跡を改めて眺めると、たまたま言論界に身を置いた人だったが、もし本職の政治家になっていたならば、日本の近現代にあまり見当たらない「世界史レベルの強権的リーダー」になっていただろうと、ふと感じた。
戦後の30数年間、『朝日』や『毎日』と同様に革新色の強い全国紙だった『読売』を、力業の社内統制で保守論調の新聞に変えたことを「偉大なる功績」とする見方もあるだろう。ただ、両誌の記事を見ていると、本来一言居士の集合体であってしかるべき新聞社で、2千数百人もの記者たちが一斉にモノトーンの記事を書くようになった光景は、まるで全体主義国の思想統制を見るようで、どうにも薄気味が悪かった(最初から保守新聞として生まれた『産経』とはそこが違っていた)。
上記文春特集によれば、渡邉氏は社の幹部らに、「上に立つ者は部下に慕われ、かつ恐れられなければならん」と常々言い、もしどちらか片方しかできないなら「部下に恐れられること」を心がけよと説諭していたという。酒を飲み嬉々として語る雑談の8割は「誰々を飛ばした」という社内での「粛清話」が占め、「根っから権力闘争が好きだったんでしょう。部下は虎の尾を踏まないようにするのが大変だった」と周囲にいた人は語っている。
ヒトラーやスターリン、毛沢東などの評伝類を読むと、モンスター級の独裁者は結局、死屍累々たる権力闘争のプロセスそれ自体を楽しむ嗜虐性・支配欲の持ち主で、そうした性向のないライバルに勝ち目はない。「独裁者ならではの功績」が仮にあったにせよ、それは権力欲を極限まで追い求める集中力の傍らで、たまたま生み出された「治世の副産物」にすぎないのだ。プーチンやら習近平やらトランプやら、近年は「強いリーダー」を求めるのが世界的な潮流だが、権力欲のモンスターに恐怖心・警戒心を抱かない「お花畑の大衆」には、ため息しか出てこない。
今週は各誌とも新年特大号(年末年始合併号)。文春の連載コラム「池上彰のそこからですか⁉」では、ニュース解説者の池上氏が同じNHK出身者でテレ朝の『報道ステーション』キャスターの大越健介氏との「スペシャル対談」に臨んでいる。2人は冒頭で、先の韓国での戒厳令騒動を取り上げて、日本の地上波ではNHKが唯一、深夜に短い特別番組を放送しただけで、民放はテレ朝を含めどこもノータッチだったことを話題にした。戒厳令の発布そのものは報道ステーションの放送時間内だったが、大越氏は「間に合わなかった」と釈明した。YouTubeと異なり、テレビニュースでは「こんな情報がある」というだけでは流せない、複数の情報源からの確認がどうしても必要だと。兵庫県知事選の結果を受け「オールドメディアの敗北」が取り沙汰されることに対しても、2人はテレビ報道にはネットにない独自の役割があるという点で同意見だった。
真偽は不確かでも深く突っ込んだ内容を、SNS動画のようにわかりやすく明快な断定を――。そんなSNS派の要求に肯首しない2人の主張には、平成中期までの報道のスタンダードがあり、安心感がある(私は池上氏よりは11歳年下だが、大越氏とは同い年になる)。結局のところ、プロによる報道の強みは「実際に取材をしているか否か」の手間暇に依拠している。ところが、昨今のネットニュースでは、スポーツ紙など既存メディアでも平気でコタツ記事を出す。取材に出ずネットで見た、どこかで聞きかじったというだけで記事にしてしまう。つまり、素人のネット書き込みと同じなのである。ひと昔前、ふた昔前のスタンダードをベースにして、報道の弱体化を語れるのは大越氏らでほぼ最後になる。それ以降の世代はメディア関係者でもコタツ記事に抵抗がない。果たして大越世代がいなくなったあと、メディアに所属する記者たちは何をもって自らの「プロ意識」を保つのか。そんな疑問がどうしても湧いてしまう。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。