世の中には数多くの「がん闘病記」があるが、『末期がん「おひとりさま」でも大丈夫』は著名な医療ジャーナリストによる現在進行形の闘病記である。


 本書執筆の2024年8月時点で、著者は〈すでにがんは前立腺から胸椎や肩甲骨、腰椎などに転移〉。末期である「ステージⅣ」の段階だという。


 日本人の生涯未婚率は男性が約28%、女性が18%と生涯単身を貫く人も増えているが、子どものいない家庭も増えている。配偶者との死別などにより、1人で暮らす高齢者も珍しくはない。2020年の時点で、単身世帯となっている65歳以上の高齢者は737万世帯となっている。多くの人は、「おひとりさま」で亡くなっていく。


 著者のがんは、2016年8月のPSA(前立腺がんの腫瘍マーカー)の数値の異常を3年半のあいだ放置した(働き盛りのあるあるである)ところから始まるが、本格的に治療が始まるのは血尿の後に受けた検査で前立腺がんが発覚した2020年から。


 がんが発覚する前に離婚したことで、著者はおひとりさまでの治療を続けているが、治療法の選択、医師とのやり取りなど、専門知識を持つ医療ジャーナリストならではの筆致で描かれており、生々しく、かつ新しい医療情報についても言及される闘病の記録は、前立腺がんにかかっている人には参考になる部分も多い。


 印象に残ったのは、取材を通じて最適な治療法の知識を持っていると思われる著者でも、感情や要望、都合が治療の選択に影響を与えるという点だ。


 PSAの数値が高くなっているにもかかわらず、忙しさにかまけて前立腺がんの検査を後回しにしてしまったり、人前で生殖器をさらけ出すことに恥ずかしさを感じてしまったり。


 治療に当たっても感情が優先した。主治医は前立腺の摘出を強く勧めたが、摘出すると高い確率で性機能を失う。一方、著者は〈性機能温存にこだわった〉。そのため性機能を温存できるHIFU(高密度焦点式超音波療法)を希望し、〈半ば強引にHIFUでの治療を認めてもらった〉という。


 HIFUは2023年に「先進医療B」に認定されており、主治医は最も症例を重ねていたHIFUの専門家でもあった。治療法の限界を知る主治医が前立腺の摘出を勧めたにもかかわらず性機能温存にこだわったことを、著者は〈僕の前立腺がん治療において最大の過ちだった〉と述懐している。


 著者は〈命を預けるがん治療の主治医と患者のあいだに一番重要な要素があるとすれば、それは「相性」だと思う〉という。たしかに人生の最後をコミュニケーションがうまく取れない医師に任せたくはないものだ。


■死の間際にする「最後の贅沢」


 ピンピンコロリを望む高齢者が多い一方で、〈死に向けた準備ができる〉と言われるのが、がんという病気だ。診断の結果により、通常はある程度の余命がわかる。


 現在ステージⅣにある著者は〈理想的な最期〉に向けて「終活」を行っている。


 その内容には、墓の選定、金融資産の整理、遺言状の作成といった死後の扱いに関する終活、家財道具や書籍などの処分といった物理的な終活、会いたい人に会っておく(ペンディング)、ことや趣味からの引退といった行為や活動に関する終活などがある。


 著者と同じ現役世代なら仕事をどう続けていくか? また、住まいをどうするか?も検討しておく必要がある。


 では、この終活をいつまでに行っておけばいいか?


 なだらかに身体機能が低下していく一般的な老衰と異なり、がん患者の場合、〈ある日をきっかけに急坂を駆けおりるように身体状況が低下し始める〉。標準治療が終了してもあきらめきれず、代替医療や民間療法に貴重な残された時間やおカネを使ってしまう人もいるが、家族との思い出づくりや、身の回りの片づけに移行したほうがよいという。


 そして、著者が〈人知れず楽しみにしている〉というのが〈最後の贅沢〉。「おひとりさま」なら家族に残す財産も考える必要はない。本書には亡くなる数日前に趣味としていたカメラを買ったという人が登場する。


 私個人の身近なところでは、死の2週間ほど前に大量の酒を買い込んだ、酒好きの知人を思い出した。自分の場合、何に散財するのだろうか。(鎌)


<書籍データ>

末期がん「おひとりさま」でも大丈夫

長田昭二著(文春新書1023円)