時により 過ぐれば 民の嘆きなり
  八大龍王 雨やめさせたまえ(源実朝)


 実朝は鎌倉幕府の将軍として、若くして非業の死を遂げた。歌人としてもいくつもの素晴らしい歌を残している。農耕民族としては、水はなくてはならないものである。雨は本当に尊い。「干天の慈雨」という言葉もある。しかし降り過ぎると、これまた厄介な存在となる。山崩れが起き、家屋は流され、田地田畑(でんちでんぱた)は冠水する。民の嘆きとならないように、ほどほどにしてほしいと、天に祈っている歌である。


 箱根路を わが越えくれば 伊豆の海や
  沖の小島に 波の寄る見ゆ


 なんとも壮大な景色を詠んだ一首である。実朝の歌としては、こちらのほうがよく知られている。人の争いというのは、とくに権力の座をめぐっては、実に醜いというかあさましいというか、当事者はそんなことに気づかずに必死で争っているのであろうが、なんともかともいいようのない仕儀と相成っている。実朝将軍には、もっと長生きをしてもらいたかった。歴史に「たら」「れば」はないが、まことに残念至極である。


 梅雨明けとともに猛暑日が続いている。寝たいやと思っても、熱帯夜続きでは夜も寝ていられない。本欄では「夜も寝られず」と結ぶ歌を二首紹介したことがある。それにならって、現代版の「夜も寝られず」を作った。笑文芸の集団「有遊会」の作品である。面白いと思われるものをいくつか紹介しよう。


 他人(ひと)様を 驚かせたい お化けたち
  驚かないので 夜も寝られず


 新妻の 化粧落とした 顔をみて
  わが目疑い 夜も寝られず


 朝が来りや その裏側が 気になって
  川田晴久 夜も寝られず


 これはちと解説が必要となる。川田晴久はコメディアンである。「あきれたぼういず」というコミックバンドのリーダーで、舞台へ登場して最初に歌うのが「地球の上に朝がくる。その裏側は夜だろう。西の国ならヨーロッパ。車の国は東洋の」(以下略)と歌って一世を風靡した。いまこの歌は「モダンカンカン」が引き継いでいる。


 百年後 やっとめざめた 眠り姫
  その後しばらく 夜も寝られず


 床下に 長年貯めた 五円玉
  数えだしたら 夜も寝られず


 代議士に 当選したが 買収が
  バレはせぬかと 夜も寝られず


 バイアグラ 眠り薬と 間違えて
  うっかり飲んで 夜も寝られず


 携帯と 眼鏡補聴器 入れ歯まで
  置き場所忘れ 夜も寝られず


 猛暑日続きで、グッショリと汗をかいて歩いている人が多い。これも気の持ちようで、無料でサウナへ入れてもらっていると考えれば得したような気に、ならないか……。

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松井 寿一(まつい じゅいち)

 1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある。