『看護師の正体』は、ひとりの看護師のキャリアを通じて看護師の世界を描いた1冊だ。「正体」とは何か特別な裏側でも書いてありそうなそうな響きだが、そうではない。さまざまな現実に直面しつつ一人前の看護師に成長していく過程は現実的な内容だ。


 ひと口に「看護師」といっても働く場所や、働き方、仕事の内容はさまざま。


 一般の病院からクリニックなどイメージしやすいものから、大学病院、地域のがんセンターなど専門性の高いものもあれば、介護施設や訪問看護ステーションなど、生活に寄り添う仕事が中心になる看護師もいる。


 働き方も正社員的な働き方だけでなく、派遣や業務委託、パート・ アルバイトといった働き方もある。看護師の需要は大きく、いわゆる「食いっぱぐれない資格」のひとつと言えるだろう。


 本書で描かれているのは1973年生まれの看護師。高校の看護科から専攻科に進学して看護師資格を取得した。公立病院に就職、病棟勤務を経て自治医科大学に派遣され、オペ室ナースとしてのキャリアを歩み始める。


 昔に比べて電子カルテや各種承諾の書類が導入されるなど、医療の世界ではかなり文書化、規格化が進んでいると想像していたが、本書を読めば、この世界でも非公式のコミュニケーションが大切なことがわかる。


 たとえば、準夜勤と新夜勤の看護師で公式な引き継ぎの後には食事会が開催されていたが、そこで交わす会話のなかには、〈大部屋の○○さん、ちょっと面会が少なくて寂しそうなんだけど、どう思う?〉といった看護記録には残らない〈看護の重要なポイントが含まれていた〉という。また、〈先輩の失敗談を聞ける〉など、暗黙知的な情報もやり取りされる。


 学校を出て試験に合格すれば看護師の資格を得られるが、資格は持っているだけでは役に立たない。難易度の高い静脈注射のコツや痛みのケアなど教科書には書かれていない技術やノウハウが現場にはある。


■手術でアドレナリン噴出


 本書は、モデルの看護師が担当していたオペ室ナースに関連する部分を中心に描いている。細かく分かれた器具の種類、消毒の方法、手術着の着用方法……と手術の描写は細かく、臨場感にあふれている。


 オペ室ナースの仕事は2種類に分かれる。


 ひとつは〈器械出し〉と呼ばれる仕事。手術によって何を用意すべきかを考え、〈器械台に乗せた器械を術者の指示にしたがって素早く術者の手の中に入れる〉、医療ドラマなどでもよく見かける手術室の看護師だ。


 もうひとつは〈外回り〉と呼ばれる仕事。手術記録をつけたり、照明(無影灯)を操作して光を調節したり、出血量の測定を行う。出血量は、吸引した血液に加えて、血液をぬぐったガーゼを集めて重量から測定するのだという。


 将来的にはロボットやAIへの置き換えが可能な部分もありそうだが、医師の「個性」に合わせて仕事をしたり、ときには手術慣れしていない医師をリードする、間違った処置をしようとする医師に指摘するといった複雑な事態も発生する。「すり合わせ」や職人芸的な仕事も多い。患者に寄り添うなど感情労働の側面も含めて、看護師の仕事をロボットやAIに置き換える難易度は高そうである。


 専門書を読み込んだり、学会に参加したり、直接医師に術式を聞きに行ったりと、本書に登場する看護師はある意味「スーパー看護師」である。手術に臨む際に〈緊張はマックスだった。アドレナリンがバンバン出ていた〉と述べるように、難しい仕事にやりがいや高揚感を感じるタイプだ。自分磨きを続けている看護師や専門分野を持つ看護師をめざす人にとって非常に参考になる部分が多い。


 一方、あらためて感じたのは看護師という仕事には「体力」が欠かせないということだ。長い手術は24時間にも及ぶという。病棟勤務なら3交代制に対応するため、日ごろの体調管理も欠かせない。頭も体も使うきつい仕事なのである。


 本書では、女の世界の張り合いや看護師の年収や結婚事情など業務以外の「正体」についても言及している。気になったのは、本書に何度も「セクハラ」の文字が登場すること。昨今、芸能・テレビ界の性加害問題が話題になっているが、医療機関でもセクハラは繰り返されてきた。古い体質の医療機関も少なくない。医療界にとって、セクハラ問題は対処すべき重要課題と言えそうだ。(鎌)


<書籍データ>

看護師の正体

松永正訓著(中公新書ラクレ990円)