グループ売上高9兆6000億円超。今や押しも押されもせぬ流通集団になったセブン&アイ・ホールディングス。同社には、実質的に2人の“創業者”がいる。ひとりは祖業、イトーヨーカ堂を創業した伊藤雅俊名誉会長。もうひとりはセブン-イレブン・ジャパンを創業した鈴木敏文代表だ。伊藤名誉会長は卒寿を迎え、鈴木代表も御年81歳。同社の後継者選びが、否が応でも業界の関心事として浮上する。

 すでに、その両“創業者”のそれぞれの子息が、セブン&アイの役員になっている。実権を握る鈴木代表が、自らの子息に禅譲するのか、それとも伊藤家に大政奉還するのか。業界の関心はそこに集まっている。

 伊藤名誉会長の子息はふたり、次男の順朗氏は現在、セブン&アイの取締役執行役員である。長男の裕久氏はイトーヨーカ堂の専務まで登り詰めたが、02年に唐突に一切の役職から外れ、辞任した。

 伊藤名誉会長は長男にイトーヨーカ堂を継がせ、次男にセブン-イレブンをという考えがあったかどうかはわからない。だが、裕久氏は一部で鈴木氏との確執も取り沙汰されながらイトーヨーカ堂を去っており、伊藤家の血筋は順朗氏のみになっている。

 次男の順朗氏は90年にセブン-イレブンに入社。鈴木代表の経営をつぶさに見ており、それなりの実績も残したようで、2009年に持ち株会社のセブン&アイ・ホールディングスの取締役に就任した。ただ、CSR(企業の社会的責任)統括部シニアオフィサーという流通業にとっては、それほど重要ではないポジション。もはや56歳、さらに上のポジションに就くとすれば、そろそろのタイミングだ。

 もちろん、伊藤名誉会長はセブン&アイの株式を資産管理会社と合わせて9.5%を保有する大株主だから、順朗氏もそれなりのポストには就くだろう。しかし、現在も重要なポストに就いているわけでもなく、社内外からは「順朗氏が鈴木代表の後継としてセブン&アイの総帥に就く可能性は低い」とみられている。

 これに対し、鈴木代表の子息、康弘氏(49歳)が次の後継者という見方が固まっている。現在セブン&アイ・ホールディングスのネット事業担当の執行役員であり、セブン&アイ・ネットメディアの社長も務める。つまり、セブン&アイのネット事業のトップだ。康弘氏は87年に武蔵野工業大学(現東京都市大学)工学部を卒業後、富士通に入社。ソフトバンクに転職しセブン&アイ・ネットメディアの前身となる企業を立ち上げた。

 そこにセブン&アイが出資する格好で、セブン&アイの傘下入りを果たし、康弘氏はあれよあれよという間にセブン&アイのネット事業担当の執行役員にまでなった。鈴木代表は、これまで後継者について聞かれると、「まだ僕を超える人材がいないから」といって憚らなかったが、さすが80歳を超え、後継者選びも視野に入っているのは確か。

 鈴木代表は、あるインタビューで、康弘氏を後継者にするのではと聞かれ、「まだ全然考えていない」と答えているが、当然ながら意中にはあるとみられている。というのも、康弘氏を後継者として相応しい人物に育成するための布石は打っているからだ。

「オムニチャネル戦略」。今、セブン&アイでは、この事業戦略を旗印に全社を挙げて突き進んでいる。オムニチャネルは商品をネットやスマートフォンや店頭などいつでもどこでも買えて、あらゆる場所で商品を受け取れるようにする戦略だ。

 鈴木代表自身、「(セブン&アイのなかで)将来的には相当な位置付けになる」との認識を示しており、3年間で1000億円という巨額を投資してシステム整備に乗り出している。昨年の後半にはネット通販事業を強化するため、家具インテリア店を展開するバルスや通販のニッセン、さらに高級衣料専門店のバーニーズなど矢継ぎ早にM&Aを仕掛けた。いわば一連のM&Aはネット通販事業で商品的な魅力、ブランド力を活用するためのパーツだ。

 鈴木代表が言うように、当然ながらネットを核にしたオムニチャネル化が、将来有望事業になるという認識は理解できる。だが、傍目にはどれもこれもネット事業担当の康弘氏が成功を収め、鈴木代表の後継者として相応しいという世論を醸成するための布石に映る。

 しかも、13年2月期のネット事業売上高は1000億円だったが、16年2月期までに5倍の5000億円規模の事業に拡大する方針で動いており、同社のネット事業、オムニ化への力の入れようがわかる。

 セブン&アイをここまで大きく育てたのは鈴木代表の先見性、経営力があればこそ。上場企業のなかには、創業者ではない中興の祖が、自らの子息を後継者として処遇している例も少なくない。

 ただ、偉大なる経営者の2世が、偉大なる経営者を超えて事業を拡大した例はほとんどない。康弘氏はそんな定説を覆し、オムニチャネルを成功させセブン&アイをさらなる世界企業に導けるかどうか。同社の後継者選びから目が離せない局面に入っている。(原)