手術の経験こそあっても、「その裏側がどうなっているのか」「医師が何を考えているのか」まで踏み込んで考えたことがある患者は少ないのではないだろうか?


『手術はすごい』は、消化器の手術に焦点を当てた1冊だ。


 手術の歴史自体は古く、古代エジプトや古代ローマ帝国にその起源があるとされている。日本では、江戸時代に世界初の全身麻酔で手術を行った華岡青洲が有名だ。


 手術は長い歴史を持つが、今も進化を続けており、安全性は向上を続けている。本書によれば、肝臓を切除した際の手術関連死亡率は、1970年代初頭の約25%が、1980年代に10%未満となり、2019年には1.3%まで低下したという。


 背景には医療技術や器具の進化、ガイドラインの整備等々さまざまな要因があるが、〈2章武器編〉では、メスや糸などの道具からロボットまで、手術に関連する道具やその進化を扱う。〈時代を生き抜いた道具には手術のリクエストに応える様々な工夫が凝らされていて〉驚きの連続だが、〈まだまだ進化の余地がある〉という。


 拡大された3D画面で操作できる手術支援ロボットの「ダ・ヴィンチ」は一般にも知られるほど有名になった。〈組織や血管を針糸で縫合する、などの精細な操作を正確に行える〉ため、今も対象領域の拡大が続いている。


 少し前にダ・ヴィンチの特許が切れ参入が相次ぐと見られていたが、日本からは「ヒノトリ」が登場している。ロボット技術を持つ川崎重工業や医療分野で実績があるシスメックスなどが大きく関与しており、〈ヒトの動きをコンパクトなロボットアームで精緻に再現することを目指している〉という。産業用ロボットの世界で高いシェアを誇る日本企業だけに、手術支援ロボットの分野でも期待が高まるところだ。


■成否を分ける「戦略」と「戦術」


 外科医と言えば、「高度な手技」のイメージがあるが、それを身につける過程はまさに「職人」の世界。電気メスの持ち方、縫合の際の針の持ち方、止血の手法……。状況に応じた使い方や「各流派」の特徴も解説されている。


 手先の器用な者が外科医になるのかと思いきや(そういう面もあるのだろうが……)、外科医は先輩の手技から教科書に書いてないテクニックを学んだり、試行錯誤で最適な持ち方を工夫したり、〈1本の糸で何十個も結び目を作る練習〉をしたりと、技術を身に付ける過程はまさに職人の世界。


 手術にあたっては、〈何度もイメージトレーニングをして、実際に手術を行い、終わったら自分のメスの軌跡を(スケッチした)線で表現してみる〉ことで、技術を向上させていくという。


 しかし、道具と技術がそろえば万全というものではない。〈手術の成否は事前の治療「戦略」と、手術室で粛々と実行(ミッション・コンプリート)する「戦術」にかかっている〉。そして実際の手術は教科書通りには進まない。外科医には、〈刻々と変わる状況の中で、(中略)一連の判断を正確に行う作業〉が求められる。著者は〈小手先の器用さより、その何倍も思考過程〉が重要だという。


 また、医療は医師だけで成り立つものではない。手術後には一定の確率で合併症が起こり得る。そのため、病院は〈合併症が生じても早期に察知し、病院機能をフルに使って迅速に対応する〉必要がある。手術を行う病院には、看護師以外にも、栄養士やリハビリ部門といったいわゆるコメディカルのスタッフも含めた「総合力」が求められるのだ。


 一般人にとっては「マニアック」ともいえる内容も数多く含まれるが、本書は図解や写真、動画(QRコードから遷移)を駆使して非常にわかりやすく作られている。外科医を志す若者だけでなく、医療を受ける側の患者も、知られざる手術の世界を垣間見てみてはいかがだろうか?(鎌)


<書籍データ>

手術はすごい

石沢武彰著(講談社1210円)