『サンデー毎日』の3つ前の号(2月16・23日合併号)で、昨年立憲民主党の代表選に挑戦した吉田晴美氏と往年の出版・映画界のカリスマ角川春樹氏が対談し、その異色の組み合わせが目を引いたが、今週号ではその角川氏に「街の書店復興の支援」を託された石破茂首相をゲストとして、この課題を引き受けたいきさつや彼の考える「出版文化論」について話を聞いている。
吉田氏との対談は、角川氏がとあるドキュメンタリーに登場した吉田氏の「自然体のたたずまい」にひと目惚れしたことがきっかけだという。誌面化されたやり取りで、角川氏はほぼ聞き役に回ったが、氏が近年力を入れている「街場の書店復興」についてだけは、石破首相にも応援を約束してもらっているなどと熱っぽくその意義をアピールした。
書店を支えようというこの運動は角川氏が発起人、前経産相の斎藤健・衆議院議員が幹事長になっている「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」を中心とするもので、角川氏は昨年5月、自民党総裁選へのチャレンジをまだ決断していなかった石破氏を議員会館に訪問し、首相就任の暁には、政府としても運動の応援を、と直談判で頼み込んでいる。
本好きで知られる石破氏はもちろん快諾したわけだが、角川氏は氏に会うなり「次期首相はあなたになる」と迷いなく「予言」して、石破氏をたじろがせた。「『あの人は神懸かりだよ』なんて言うと『大丈夫か』とつい思いますよね。けれど角川さんは存在そのものが“天の啓示”みたいな人(略)“神懸かり”という言葉を肯定的に使える珍しい人じゃないのか」と、そのときの印象を語っている。
角川氏が身にまとうその雰囲気は私にもよくわかる。今から35年前、私が新聞社の北海道支社で映画担当をしていたとき、角川氏が監督した『天と地と』を宣伝するために来社したことがある。この映画は武将・上杉謙信の物語だが、角川氏は真顔のまま「私は謙信の生まれ変わりなんですよ」と何度も繰り返し、私は作品そのものより、監督のこの個性に圧倒されてしまった。たまたまその直後、別作品の宣伝で俳優の役所広司氏も来社して、私はつい「角川さんって強烈な人ですね」と口走ってしまった。そのころの角川氏のハイテンションぶりは業界でも有名だったらしく、「ああ、上杉謙信なんでしょう?」と役所氏も呟いてニヤリとした。
とまぁ、角川氏にはそんな思い出もあるわけだが、この書店問題に取り組む情熱はどうやら本物だ。その彼が白羽の矢を立てた石破氏について言うと、私がかつて議員会館で見た氏の本棚には防衛や外交、農政といった仕事関係の本、そして社会派のノンフィクションや小説が幅広く並んでいて、そのチョイスに偏りやマニアックさは感じられなかった。今回のインタビューで石破氏が言及した作家や作品もオーソドックスなものだった。
私からすると4歳年長となる石破氏に、以前からシンパシーを抱くのは、かつて何かの記事を見た際に、少年時代から氏が文藝春秋社の右派オピニオン誌『諸君』と左派寄りの『朝日新聞』を併読してきたと読んだ記憶があるためだ。奇しくもその組み合わせは、祖父が『諸君』を定期購読した我が家も同じだった。思想信条では必ずしも一致しない石破氏に私は、勝手ながら「過去似たようなものを読んできた読書遍歴への信頼」を感じてきたのである。
私自身はここ数年、終戦直後にまつわる取材をし、戦前戦中の旧制中学、あるいは学制改革からほどない時期の新制高校を卒業した80~90代の人に会う機会が多いのだが、この世代の人々に感じるのは、思想的立場が保守と革新に分かれても、卒業生同士、思春期を同じ「文化的環境」で過ごしてきた相互理解が感じ取れることだ。少なくとも相手が言わんとすることは拒絶せず理解する。トランプ氏の出現に象徴される昨今の絶望的分断とは、その「重なり合う部分」の有無がまるで違う。令和の今、出版文化を保ち育ててゆく大切さを感じるのは、その部分の欠落が目に余るためだ。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。