人気インフルエンサーの「犬笛」に呼応して、攻撃的なSNS書き込みが「政敵」に殺到する。陰謀論や流言飛語が蔓延し、メディアやアカデミズムを敵視する人が急増する。そんな人心の混乱をネットで巧みに操って、ポピュリストの政治家やオピニオンリーダーが台頭する。米国でトランプ2次政権が誕生したのと軌を一にして、世界的にそんな風潮が広まった観があり、わが国にもそれは当てはまる。最近の週刊誌記事を見渡すと、そのような現象による摩擦や弊害が毎週のように報じられている。


 今週の『週刊新潮』には「石丸伸二氏に『恥を知れ』と批判された『居眠り』安芸高田市議の妻が自殺していた」という記事が載った。先の東京都知事選で無名の新人候補でありながら小池百合子知事に継ぐ高得票を記録。一躍ニューリーダーとなった石丸氏は、広島の安芸高田市長時代、対立する市議らを面罵するような切り抜き動画で注目され、全国区の知名度を得た人物だ。なかでも話題になったのは、市議会で居眠りをする年配の市議を「恥を知れ、恥を」と𠮟りつける5年前の動画だった。


 この市議は「軽い脳梗塞による居眠り」と診断書を提出して弁明したのだが、SNSによる非難や中傷は収まらず、当人は結局、数ヵ月後に体調を崩し他界してしまう。記事によれば、市議宅への攻撃はその後も継続し、市議の妻は嫌がらせ電話や物品の送り付けに苦しめられ、今年になり自殺してしまった。石丸氏本人はこの新潮記事を受け、「批判と誹謗中傷は違う」「自分は個人的な誹謗中傷をしたことはない」などと会見で語ったが、氏は実は今月初めにもネット番組に出演してこの居眠り事件に触れ、「これを許してはいけないから、どう始末してやろうかと思い、上手く使うことにした」などと、意図的にこの件を拡散したかのような言い方をしている。


 このような政治的分断と対立と言えば、パワハラ疑惑などをめぐる内部告発から出直し知事選となった兵庫県のケースが注目されているが、このときの選挙では再選を目指す斎藤元彦氏とは別に、敵対勢力へのネガキャンに特化した立花孝志氏の参戦(いわゆる「2馬力選挙」)もあり、斎藤氏が驚きの当選を果たしている。しかし、その過程で維新の県議3人(現在はみな離党)が秘密裏に立花氏と接触、デマ宣伝のネタとなる怪情報を提供したことがわかるなど、斎藤氏側の悪質な戦術が少しずつ明るみに出て、有権者を二分する対立は、当分収まりそうにない。


 すでに3人の自殺者を生んだ兵庫のこの問題で、斎藤氏を追及する報道を続けている『週刊文春』は、連載「冷血の知事」の第4弾「斎藤元彦と立花孝志“魔の合体”の裏に2人の女がいた!」という記事で、選挙違反容疑で告発されているPR会社社長とは別にもうひとり、中部地方の元教員がネット戦術で暗躍したことを報じている。彼女が管理した斎藤支持者によるオープンチャット「チームさいとう公式LINE」の記録を編集部は入手、それによれば、ここに集う支持者らは、選挙戦で当初最有力と見なされた稲村和美氏のイメージダウンのため、「外国人参政権に賛成する反日左翼」などとデマ情報を拡散するアイデアを生々しく話し合っていたという。


 そういった暗部が少しずつ暴かれてゆくなかで、斎藤知事を側面支援した「汚れ役」立花氏が街頭活動中の14日、暴漢に鉈で切り付けられ側頭部に傷を負った。斎藤氏サイドの支持者らはこれを受け、「(斎藤氏を追及する)オールドメディアの偏向報道に影響され、テロ事件が起きた」という反撃のキャンペーンを始めている。いずれにせよ、米国でのトランプ支持者と同様に、彼ら新興勢力はファクトや論理よりも相手への敵愾心で結束する。この夏の都議選や参院選でも、そういったネット・ポピュリズムに同調する人たちが一大勢力になってゆくのだろう。その結果次第で日本の民主主義は瀬戸際に立たされる。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。