9年近くたったことが信じられないほど記憶に新しい「相模原障害者施設殺傷事件」(通称、「津久井やまゆり園事件」)。元職員が入所者19人を殺害した事件は、世の中を震撼させたが、同時に注目されたのが障害者施設の実態だ。
暴力、脅迫、○○禁止などの懲罰行為、薬漬け……。今でもニュースが話題になるが、ひょんなことから知的障害者施設で働くことになったジャーナリストが、その実態を描いたのが『知的障害者施設潜入記』である。
生々しい虐待の実態は本書にゆずるとして、なぜこうした行為が行われるのだろうか?
背景には、〈虐待に手を染める側が、それを虐待だと認識せず、「本人のため」とする懲罰手段によって、知的障害者たちの私生活の一切に監視の目を光らせていたこと〉がある。
もっとも、虐待を行う職員の多くは最初からそうだったわけではない。
本書で大熊由紀子・国際医療福祉大学大学院教授が〈歪んだ組織に長く浸かっていると、よほど気をつけない限り、知らず知らずその体質に染まっていく〉とコメントしているが、これに違和感を持つ人はいないはずだ。
一般の会社でも社員が組織の体質に染まって法を犯すことがある。津久井やまゆり園事件の被告でさえ、〈最初の頃は『障害者は可愛い』と思っていた〉という。
■福祉を知らない人が世話人に
本書は、知的障害者施設や精神科医療の歴史的経緯にも言及している。実は日本は欧米諸国とは異なる歩みをたどった。
欧米諸国では1950年代から、知的障害者らが〈人間として当然あるべき姿を当然のこととして実現しよう〉とする「ノーマライゼーション」の動きが広がった。脱施設化、〈完治しなくても地域で暮らす〉といった考え方である。
一方、日本では精神科病床数が増えに増えた。1990年代のピーク時には総病床数が36万床で総入院患者数が35万人、実に全世界の5分の1に達していたという。入院という名の知的障害者の収容が行われていた。
遅まきながら日本でも、2006年に障害自立支援法が施行され、施設入所から地域で暮らすグループホームへの移行が始まったが、〈問題の一つはそういう事業に、障害者を理解していない人たちが参入してきたこと〉だ。介護保険制度により、さまざまな民間事業者が参入してきた高齢者介護の世界と同じである。
違うのは現場レベル。障害者グループホームの仕事の多くは基本的に資格が不要だ。〈世話人は特に研修や資格がなくても務まりますし、まったく福祉を知らない人が世話人になるケースも多く〉ある。身体介護を行う際に資格が必要で、数多くの有資格者が働く高齢者介護の世界と大きく異なる。
知的障害者の行動は、シロウトから見れば驚きの連続だ。著者は終始暖かいまなざしで接しているが、障害者に声を荒らげた若い職員について〈私も彼ぐらいの年齢だったら、やはり同じことを口走っていたかもしれない〉と感じるほど。
福祉の知識や経験のない職員が知的障害者の支援に携わっていることも、虐待につながってはいないだろうか?
本書の第5章では、知的障害者の自立を支援している社会福祉法人・創思苑の活動を丹念に追っている。4つの拠点事業所とグループホームなどを運営する同法人の支援体制はまさに「当事者主催」。
当事者と支援者の垣根を排除するために、理事会に当事者を役員として参加させたり、当事者が運営に対する要望や改善点を伝える仕組みを作ったり、ベテラン職員も含めて当事者が面談したりと、業界の常識を覆すような取り組みを行っている。
インターネットメディアを解説したり、ヒマラヤ登山に挑戦したり……。同法人の「事業報告」をのぞいてみたが、力の入った熱いものだった。現行制度のなかでいかに当事者主催の仕組みをうまく回しているのか、より深く知りたくなった。
ひどい実態がありながらも、著者は〈心から助けを求める人たちにとっては、やはり「必要悪」の一つなのかもしれない〉としている。知的障害者を家族に持つ人なら誰しも納得がいくだろう。
それでも、劣悪な施設に家族を入れることに心を痛めているのも、また事実。あらためて本書が知的障害者の暮らしに目を向ける契機になればと思った次第。 (鎌)
<書籍データ>
織田淳太郎著(光文社新書1408円)