コメの話である。ついにスーパーでのコメの平均価格が5㎏4077円になったと報じられている。昨年同期の倍の値段だ。4077円というのは平均価格だから、ブランド米の「魚沼産コシヒカリ」などはもっと高い。政府は備蓄米を放出すると発表し、最初に予定する15万トンのうち14.2万トンを入札にかけ、大半を全農が落札した。平均落札価格は60㎏当たり、2万2914円で、直近の業者間取引価格2万5927円を3000円ほど下回った。古米がたったの3000円安では、小売段階では大して下がりそうもない。実際、その後も値上がりが続いている。政府は追加の備蓄米を放出したが、ほとんど影響はない。
コメの話というと、つい劇作家の井上ひさし氏を思い出す。ご存知の人も多いだろうが、氏は自ら「遅筆堂」と名乗るほど、遅筆で有名。明日、演劇が初日を迎えるのに未だ脚本が書き上がってなく、監督も役者もハラハラしている、なんていうことも多かったそうだ。もっとも、その演劇は「ぶっつけ本番で上演するから余計に面白い」などというファンもいた。その井上氏はたびたび月刊誌にコメの話を書いていた。氏は山形県出身だからというわけでもあるまいが、結構、コメに執着し、農業を守れ、という主張だった。その主義主張はともかく、書き出しが「またコメの話である」「またまたコメの話である」という言葉で始まるのが妙に面白かった。
コメの話に戻る。コメ価格の暴騰対策として農水省は備蓄米を放出する、と発表した。計画ではとりあえず、備蓄米15万トンを放出し、価格が下がらなければ、さらに放出するという計画だ。その15万トンの入札が行われたわけだが、農水省は備蓄米放出に当たり、『備蓄米』と表示せず、『ブレンド米』とするように、と発表した。当たり前だ。誰が「備蓄米です」などと表示して売るだろうか。古米である備蓄米なら安くて当然になってしまうから精米業者はブレンドして販売するだろう。農水省が備蓄米と表示して売るな、ブレンド米として売れ、というのは、「ちっとも安くならないではないか」と批判されるのを避けるためのマスコミ対策だ。
早速、新聞・テレビで備蓄米放出でコメの値段が下がるのか、という話を伝えている。「5店のスーパーを回ったら、1店が備蓄米を売っていた。値段は1000円近く安くなっているが、備蓄米と書いていないが、安くなっているから備蓄米だろう」などと放送していた。
備蓄米の放出前、農業政策を研究する大学教授や経済研究所の研究員、あるいは、米穀商の話が伝えられた。大方の識者は「5㎏200円から500円くらい下がるだろう」と話していた。大した値下がりではない。まあ、せいぜいこんなものだろう。コメ価格は5㎏4000円台で売られるだろう。
その代わり、ブランド米の量が増えるだろう。というのも、通常、ブランド米といっても、表示したブランド100%のコメだけで売られているわけではない。コーヒー豆もそうだが、日本の精米業者は味覚も腕も長じているが、なにより頭がよい。最も有名なブランドである魚沼コシヒカリで行なわれているかどうかは不明だが、多くのブランド米は消費地ではブランド通りのコメだけで精米されているわけではない。
ある精米業者によれば、「例えば、新潟コシヒカリに20%程度、別の産地のコシヒカリ系のコメを混ぜても、新潟コシヒカリの賞味は変わらない」という。米穀商はどのくらいまで混ぜても味は変わらないことを知っているそうで、新潟コシヒカリなら何%の他産地米を加えてもわからない、北海道産ナナツボシなら何%まで他のコメを混ぜても味は変わらない、ということを知っている。従って、新潟コシヒカリには何%の備蓄米を混ぜても味は変わらない、あきたこまちなら何%まで備蓄米を混ぜても、あきたこまちの味は変わらないのだそうだ。従って、備蓄米100%です、などと売る米穀商はハナからいない。備蓄米は有名ブランド米に混入され、有名ブランド米が知らないうちに増えているだろう、というのである。
いやいや、高級鮨屋、高級和食店では寿脂、あるいは、和食に合うコメをブランドさせているほどだ。例えば、ミシュランなどに載らない高級鮨店があるが、同店には十数年、コメだけを炊いている「飯炊き婆さん」がいて、鮨に合うシャリを提供していたほどだ。そういう店ではネタに合うように米穀店にブレンドさせているという。だから、ブレンドがケシカランということにはならない。
まぁ、われわれ庶民にとっては、ブランド米かどうかはあまり関係ない。味だって、そうそうわかるわけではない。問題は値段が下がってくれるかどうかだ。かつて安倍晋三首相が、在任中に「ブランドで売れ」と号令をかけて以来、あっちこっちでブランド名を付けている。おかげでブランド名がない商品はない状態だから、在庫米などと謳う必要はないのかもしれない。おかげで、というべきか、当然というべきか、コメの値段が下がるという期待はあまりできないだろう。
そもそも、なぜコメの価格が上がったのだろう。テレビでは最近は言わなくなったが、当初、「インバウンド客が増え、日本食を食べるようになったからだ」と伝えた。一体、誰がそんなことを教えたのだろう。インバウンドの外国人が日本食を食べるからといっても大した量ではない。おそらく何か魂胆があってテレビに教えたのだろう。
私が最初に気付いたのは、全農が農家から昨年の2024年産米を3割増しの価格で買い入れたことだった。全国的な猛暑と豪雨を受けた地域があったことから確実にコメ価格が上がると踏んだのだろう。全農は最大のコメ買い入れ業者だ。すると、民間の業者が農家から買い入れようとすると、「去年と同じでは売らない。農協に売る」といわれる。買い入れ業者は全農より高い35%上乗せ、あるいは40%高い価格でなければコメを集められない。これが発端だ。
農水省はコメ価格が上がり出すと、コメの作柄指数は107であるとか、105であり、収穫が進むにつれてコメ価格は下がる、としか言わなかった。作柄指数は100が前年並みだから収穫量は5%から7%増で、不足する訳がない、という理由だ。この時期、すでにコメ価格が高騰し始めていたから、ホントにコメ価格を下げる気があったなら、「不当な価格つり上げが行われている。政府は備蓄米を即座に放出する」と言うべきだったのだ。
法律上、価格急騰しているから備蓄米はすぐには放出できない、などと言っていたが、そういうものではない。こういう緊急時はアナウンス効果が大事なのだ。相手に与える心理効果が大事であり、リーダーシップがあるかどうかの問題だ。後に備蓄米放出の段階になって胸を張っても仕方がない。全農を中心にした農協と農民は自民党の岩盤支持層だから、批判的なことができないのかもしれない。今年のコメ価格は5㎏4000円台に終始するだろう。
では、今年の夏から秋にかけて収穫する2025年産米の価格はどうなるだろう。全農はコメの買い入れ価格を下げることはまずできない。「去年は特別で……」といっても、農家のほうは納得しない。去年3割高で勝ったのだから、当然、その価格で買うべきだというだろう。全農は農家の組合だから、価格を低くして買うわけにはいかない。農家にとってはアベノミクスによる円安であり、その結果、輸入に頼っている肥料は値上がりしているし、コンバインや耕運機などの軽油代も跳ね上がっているおかげで儲けが薄くなってしまう。当然、買い入れ価格は昨年同様以上を要求するだろう。一度上げた買い入れ価格は元に戻せないのだ。民間の業者も全農の買い入れ価格以上で農家から仕入れるしかない。買い入れ価格が昨年同様か、それ以上なら、消費者に届くコメ価格は今と同様に5㎏4000円台が続くことになるだろう。
一方、コメの消費量は減る。コメ価格の急騰で、コメに代わりパックご飯や麺類、あるいはパン、スパゲッティなどを増やした家庭が多い。結果、コメの消費量はさらに減るだろう。
その原因は政府・自民党の農政にある。政府・自民党の農業政策は「減反政策」だ。消費に応じたコメの生産量を決め、各農家に割り当て、それ以外は減反させ、その減反の穴埋めに補助金を支払う、という方式だ。日本独特のバラマキ政策である。対して欧米で行なわれているのは「所得補償方式」だ。これは消費量に応じた生産量を各農家に申告させ、その生産に関しては万一、価格が下がった場合は損失分を政府が穴埋めして保証する。指定以外の農地でつくった作物は市場に売ってもいいし、飼料に回してもいい、という完全な自由市場に任せる、という仕組みだ。
この方式を取り入れたのが2008年末から政権を握った民主党時代に行なわれた農政「戸別所得補償方式」だ。実は、農水省の一部で欧州並みの所得補償方式を研究していたが、それをいち早く実行したのが民主党の小沢一郎幹事長(当時)だった。もっとも、民主党の方式には「戸別」という文字がついていた。これは多分、日本では1町歩以下の2種兼業農家が多かったからだろう。ともかく、届け出以外の農地では自由にコメをつくるなり、豆や野菜をつくればいい、とし、つくったコメは国内で売るもよしだが、輸出しようという算段だ。日本のコメは味が最高だから、中国やアジアなど、輸出先は多い。
だが、これはたった3年で終わった。自民党が政権を握り、第2次安倍内閣が誕生するや、民主党憎しで、民主党時代に取り入れた政策をすべて取り潰した。安倍首相が戸別所得補償方式に代わるものとして農水省につくらせたのが「飼料米方式」だ。中身は消費量に合わせたコメ作りを農家に割当、それ以外の農地には飼料米を作らせ、それには補助金を出すという内容だ。これは飼料米をつくれば補助金を出すという代物で、明らか減反政策である。なにしろ、飼料米の農地に適当にタネを撒き、後は放っておけば、補助金をもらえることから、「コメをつくるよりも飼料米をつくった方がもうかる」などという話が罷り通ったほどだ。この安倍内閣の減反方式の結果が今回のコメ騒動の原因だ。もし、民主党の個別所得補償方式が実行されていたら、届け出以外の農地でつくられたコメが輸出に回さず、国内に出回り、結果、コメ価格の高騰には繋がらなかっただろう。
結局、自民党の岩盤支持層である零細農家の第二種兼業農家が高齢化し、農業を止めない限り、減反政策は続く。コメ不足、コメ価格暴騰、そしてコメ消費量減少が続くことになるしかない。いくら防衛費を増やして最高の戦闘機を買っても、国内でコメを賄えないようではどうしようもない。防衛費より先に食糧安保を優先すべきだろう。(常)