国会で連日繰り広げられている安保法制の論議だが、政府はいったい何をやりたくてこの法案成立を目指すのか、絶対にホンネを明かそうとしないため、訳のわからないやりとりに終始してしまっている。


 尖閣防衛を想定した対中国の備えで、現行の法体系ではどこにどう問題があるのか。遠くインド洋などで米軍艦船が敵国に攻撃され、日本の加勢の有無が“国の存立に関わる大問題”となる具体的ケースなど、そうそう思い浮かぶものではない。もしかしたら、南シナ海で米中、比中の武力衝突が勃発した際に“参戦”を考えているのか。中国の脅威は確かに深刻だが、あくまでも南沙諸島の問題は、他国の領土争いである。


 普通に考えれば、対米外交のカードとして“自衛隊の使い勝手の改善”を欲しているようにしか思えない。そのことで得るものと失うもの、その分析こそが議論の本質となるはずだが、口が裂けてもそういったホンネを語ろうとはしない。それともやはり、岸信介に憧れる首相個人の願望、というレベルのことなのか。維新の党・松野頼久代表の「なぜ今、急ぐのか」という質問にも、「危機が起こってからでは遅い」とはぐらかすだけだった。


 というわけで、今週は主要な週刊誌すべてがこのテーマに触れている。驚かされたのは週刊ポストや現代だけでなく、突出した“官邸ベッタリ路線”を続けていた週刊文春が、突如として安倍批判に転じたことだった。週刊新潮とともに昔からの保守雑誌だが、新潮のほうは安倍政権のタカ派体質には以前から距離を保ち、今回も「与野党どっちもどっち」というシニカルな記事を載せている。


 文春の会社全体は、商売として保守路線を取っているものの、実際に右翼思想に凝り固まった編集者はごく少数しかいない。最近の突出した路線はあくまでも、現編集長個人のスタンスであり、例えばイスラム国に殺された後藤健二さんバッシングや報ステ問題での古賀叩き、沖縄の基地問題についての翁長知事叩きといった一連の報道は、それまでの“文春らしい論調”と比較すると、違和感を禁じ得ないドギツサであった。


 ところが、安保法制に関する新連載のタイトルは『一強政権の死角 “上から目線”の「安保法制」 安倍首相よ 国民をバカにするな!』である。サブタイトルに『本誌アンケートでも6割が「説明不足」』とある通り、法案そのものへの反対ではないが、例えば安倍首相が民主党・辻元清美議員に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばして謝罪したその夜にも、銀座の料亭で「野党の質問はたいしたことない」と取り巻きを相手に怪気炎を上げていた様子を暴くなど、なかなかに辛辣なタッチで書かれている。


 突然のこの軌道修正はいったい何なのか。要は、あまりに行き過ぎた政権ベッタリのスタンスに社内外から批判を浴びたため、バランスを取った、ということなのだろうが、筆者はまだ具体的な内部情報に触れる機会がなく、詳細は知らない。


 いずれにせよ、今回の文春記事はリベラルな論者に語らせるわけでもなく、保守論客による辛口コメントで作られており、保守陣営内部からそうした声が出る雰囲気から見ても、安保法制はなかなか難しい時期にさしかかっているのではないか。4日の国会審議では、与党推薦の法学者を含めて、参考人として出席した専門家3人が口を揃え「集団的自衛権の容認は違憲だ」と述べる驚くべき光景も出現した。


「夏までに」とアメリカで大見得を切った安倍首相だが、ボロボロとほころびが目立つようになった現法案のまま、数を頼みに力づくで成立を目指そうとするならば、予想以上に深刻な軋轢を生むことになるかもしれない。


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三山喬(みやまたかし)  1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。