その手の本を読むことが、まずないので、初めて知る人物であったが、救命救急医として相次いで人生論のベストセラーを書き、脚光を浴びる矢作直樹という東大医学部教授がいる。デビュー作『人は死なない』が売れたのに引き続き、昨年の著書『おかげさまで生きる』も30万部を超える大ヒット。今週、この矢作氏について、偶然にも週刊現代と週刊文春がまったく対照的な記事を掲載した。


 現代のほうは、著名人に“思い出の地”を回想してもらう「私の地図」というコーナーでの登場。前掲2作のあとこの3月、『見守られて生きる』という新刊を出したタイミングでの人物紹介だが、内容は若き日に「プロの登山家」をめざし、2度の滑落事故で“九死に一生を得る”体験をしたことや、両親や弟との死別で改めて死生観や霊魂について考えるようになった、という本人の述懐で構成されている。


 一方の文春記事は『告発スクープ』と銘打たれ、こんなタイトルが付けられている。『大ベストセラー「人は死なない」著者 東大病院矢作直樹救急部長 大学内で無断“霊感セミナー”』。こちらは物静かに「生と死」を語る現代記事のイメージとはかけ離れ、相当におどろおどろしい話である。


 それによれば、東大病院では昨春、矢作教授を顧問とする「未来医療研究会」という会がつくられ、病気の治療法や健康法についてゲストの話を聞く活動をしているが、会員の多くは怪しげな“スピリチュアル業者”が占め、研究会は事実上、霊感商法の営業の場になっているのだという。


 そればかりか、矢作教授は元歯科医の女性と組み、都内高級タワーマンションの一室で“手かざし”や“先祖ヒーリング”なるスピリチュアルな施術をする“ヒーリングサロン”を運営しているという。記者の直撃に教授は「いま私は、この日本に天変地異が起きないようにすることをやっているんです」と意味不明な言葉を口走っている。


 現代にしてみれば何とも間の悪い競合誌のスクープだが、この矢作氏のベストセラー本のうち、最新刊と前作は、あの見城徹社長率いる幻冬舎が版元。昨年末、ネットで大炎上を起こした百田尚樹氏の『殉愛』も同社の仕掛けだし、社長の見城氏は、テレ朝の番組審査委員長として報道ステーションの出演者交代劇にも関わったとされ、このところ話題に事欠かない。権力とも近しく、出版の世界では取り上げにくい雰囲気が漂うが、この人物の怪しげな商法についても、どこかの週刊誌で読んでみたいものだ。


 そして今週の文春と現代には、文春に『米倉涼子離婚決断』、現代に『初めて明かされるマツコ・デラックスの素性』と、それぞれに著名人直撃記事が載っている。文春は、周辺で収集した情報の分厚さで反応を引き出し、現代でも、家族や知人に取材攻勢をかけられるくらいなら、とマツコ氏がインタビューに応じている。


 つまり両記事とも、事前の粘り強い取材が実を結んだ形だ。以前、本欄でメリー喜多川氏(文春)に触れた際にも書いた気がするが、著名人は雑誌取材のターゲットになったとき、逃げ回らず、とことん腹を割って話してみたほうが、往々にしていい結果につながる。


 記者だって人の子。じっくりと向き合ってくれた相手をそうそうボロクソにけなせるものではない。ただし、あくまでもこれは一般論の話だ。冒頭の東大教授のようなケースは、記者への対応もあまり意味はない。手の内に相手を納得させられる道理があるか否か、そして当人の人間力の有無。最後にはその2つが、くっきりと明暗を分けるようである。 


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。1998年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。2007年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町:フクシマ曝心地の「心の声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。