「一応、CT撮っておきますか?」
病院でこう言われたら、たいていの人はちゃんと調べとかなきゃまずい感じがするんじゃないだろうか。だって気持ちが晴れないもんね。「〇〇の可能性がありますが、検査しないと正確なことはわかりません」とか脅されると……。
自分も一度、倒れて救急車で運ばれたことがあるんだけど、やっぱり、CTをはじめ、勧められた検査を全部受けてしまった。病院に着くころには、だいぶ意識もはっきりしてたんだけどね。
そうでなくとも普段、歯医者に行くとレントゲンは撮るし、人間ドックに行けばバリウム飲んで胃の検査を受ける。検査で放射線を浴びる機会は結構あるものだ。こうした検査で生じる“被曝”にフォーカスしたのが、『日本は世界一の「医療被曝」大国』だ。
本書は、エックス線検査、CT検査、マンモグラフィ検査、PETなどの放射線検査を受けたときに生じる「低線量被曝」の実態を明らかにして、そのリスクを訴える。
思い返すと、福島の原発事故が起こった時、みんな放射能とか被曝とかやたら気にしていた。だけど病院で受ける検査の被曝ってあんまり考えてこなかった。同じ放射線なのに不思議な話だ。バリウム検査が苦手なのは放射線を浴びるからじゃなくて、ゲップをこらえてグルグル回されるのがつらいからだ。自分の場合、レントゲンより、採血のほうが緊張するもんな(血を見るのが苦手だから……)。
本書の著者は賛否両論ある人だし、鵜呑みにするとまずそうなコンテンツもある。だけど持ってる知識や常識と照らし合わせつつ、取捨選択して読むと、タメになるコンテンツも多い(このサイトを見ている人は、それなりにリテラシーあるはずだ)。
著者によれば「とりあえずCT」は結構危険なんだとか。
日本のCT設置台数は、100万人当たり101.3台で世界ダントツ1位。2位オーストラリアは100万人当たり44.4台と日本の半分にも満たない。日本は、小さな病院までCTを買うことがその背景にあるようだ。高い設備を買った病院経営者が〈元を取るためにせっせとCT検査に励む〉と考えるのは、この本の著者だけじゃないだろう。
検査を受ける側にも、安心したいという気持ちは強い。だから、つい「とりあえずCT」に走りがちなんだけど、特に子どもの場合は、放射線に対する感受性が高いので、気を付けたほうがいいという。
■ビートルズが稼いだ金がCT開発費に
個人的に凄く気になったのは、〈医療従事者や原発作業員には年間被曝線量に限度が設けられていますが、医療被曝に関しては「これ以上はダメ」という限度が設けられてい〉ないという点。しかも、病院は〈患者がこれまでのCT検査でどれだけ累積被曝しているか気にしません〉という。患者の被曝には無頓着、“青天井”の世界なのだ。
そのせいなのか、米国でCT検査の線量情報を収集するシステムが構築されているにもかかわらず、日本に同様のシステムはない。日本って海外から見ると結構ハイテクな国と見られているけど、新しい仕組みを作るのは苦手だ。
測定さえしておけば、後でいろんな検証ができるのだが、「IT立国だ」「ビッグデータの時代だ」と格好つけても、本当に大事なことで抜けていることが多い。
他にも本書では、グレイ、シーベルト、ベクレルといった被曝線量の単位とか、ややこしいことがわかりやすく解説してあったり、各種検査装置の仕組みや「被曝を伴う健康診断の歴史」といった一見、専門的なコンテンツがコンパクトにまとめてある。
ちなみに、小ネタでツボに入ったのが、CTの開発秘話。
最初にCTを開発したのは、イギリスのEMI中央研究所というところの電子技術者らしいんだけど、実はこのEMIって、かつて大手レコード会社としてよく知られた会社だ(音楽レーベルは現在、米ユニバーサル・ミュージック傘下)。今も昔も医療の新技術には金がかかるものだが、1960年代半ばから70年代初頭にかけて、CTの莫大な開発費用にあてられたのは、あの、ビートルズのレコードからの収益だったとか。
今度、医療関係者との飲み会ネタとして使わせてもらおう。(鎌)
<書籍データ>
近藤誠 著(集英社新書 720円)