独立行政法人
国立病院機構東京病院呼吸器科
寺本信嗣医長


 喘息というと、多くの人は“小児喘息”のことを思い浮かべるのではないだろうか。


 子どもが咳き込み、吸入型のぜんそく薬を吸った後に落ち着く—— といったシーンは、映画やドラマでよく見られるシーンの一つである。 


 しかし、当たり前のことだが喘息に年齢はない。子どもも大人も老人も、みな等しく発症する可能性がある。ただ、小児喘息や成人喘息に比べて高齢者喘息がやっかいなことは、「喘息の症状か、それ以外の疾患のものか、あるいはただの老化のためか」がわかりにくいことにある。


 今回は、そんな高齢者喘息治療の現状と課題について語った、独立行政法人国立病院機構東京病院呼吸器科・寺本信嗣医長の講演について紹介する。 テーマは「高齢者喘息を見逃すな〜なぜ喘息死が減らないのか〜」(アボットジャパン株式会社主催メディアセミナー)。

 

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 高齢者喘息の難しいところは、「患者が多いにも関わらず、診断されていない」ことにあります。資料1にある通り、65歳以上の男女4600例以上の調査結果では、対象者の15%に喘息症状があったにも関わらず、喘息と診断された患者は4%も過ぎませんでした。つまり、「高齢者の15%に喘息があるものの、1/3弱しか診断されていない」ということです。



 なぜ、高齢者喘息は診断されないのか? その理由についてみると、心不全やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)といった慢性疾患と症状が似ていることがあげられます。

 

 

「息切れがする」

「疲れやすい」

「動悸が激しい」


 といった症状。これらは心不全、COPD、高齢者喘息に共通する症状です。一見、特別な症状に見えないものですから、結局、「年のせいかも」となってしまうのですね。

 

 やっかいなことに心不全、COPD、高齢者喘息の症状は、「うつ状態」にも似ています。うつ病の診断基準では、抑うつ気分、睡眠障害、気力の減退や疲れやすさ、集中力の減退などを見ますが、こうした状態(症状)は心不全、COPD、高齢者喘息の患者にも見られるものなのです。

 

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 このように、心不全、COPD、高齢者喘息の症状は、「病気というより年のせい」と見過ごされ、症状の原因となっている疾患をこじらせることにより、知らず知らずのうちに「うつ病」「ひきこもり」となってしまうことが多いという。こうした症状が見られる高齢者に対しては、医療者側から疾患を見つけなければ、未治療のまま日常生活活動が低下し、入院→医療費高騰に直結してしまう。


 では、一見、心不全かCOPDか高齢者喘息かが良く分からない症状から、的確に原因となる疾患を見つけるためには、どのようにすれば良いのだろうか? 

 

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 心不全、COPD、高齢者喘息は、当たり前のことですが治療薬が異なります。例えば心不全に効果のあるACE阻害薬は、COPD、高齢者喘息には効果がありません。ただし、COPDと高齢者喘息についてだけは、beta刺激薬が共通して効果があります。

 

 このことから、心不全、COPD、高齢者喘息に共通した症状を持った高齢者には、beta刺激薬を試してみることで、心不全かCOPD、高齢者喘息か否かを判断することができると考えられます。beta刺激薬を投与した結果、「なんとなく調子が良い」「ぐっすり眠れるようになった」というポジティブな反応が得られれば、少なくとも心不全よりも、COPDか高齢者喘息である可能性が高いと判断できるわけです。


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  このように疾患を特定した後、実際に治療を行うにあたっては、「いかにして薬剤を効果的に投与するか」が一番の課題となる。


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 喘息の治療薬には、ドライパウダー式吸入薬や定量噴霧式吸入器(いずれも吸入ステロイド薬)などの剤形があります。成人喘息であれば、こうした剤形の治療薬でも問題なく使えますが、高齢者喘息となれば吸入薬を十分に使えないことが考えられます。

 

 吸入手技が上手くいかない——薬剤を吸うタイミングに合わせて吸入器から薬剤を噴射する——ことや、末梢気道まで薬剤が届かない——十分に薬剤を吸い込めなかったりする——ことが考えられるということです。こうした点でも、高齢者喘息という疾患の難しさがあるといえるでしょう。



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 結局、医薬品は“効かないと意味がない”ということだろう。「服用が難しい」「服用しても患部に届かない」というものではなく、確実に効果が上がる医薬品を選択する必要があるということだ。とりわけ高齢者喘息のような慢性疾患では、薬剤アドヒアランスが高いことが重要であり、この点、吸入タイプの剤形よりも貼布タイプを初めとする“確実に効果が上がる”剤形の医薬品が適しているという。


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 日本はいま、未曾有の高齢化時代を迎えつつあります。しかし、「高齢者が増えると高齢者医療費が激増する」という論理は、必ずしも正しいとはいえません。日常生活動作を低下させる慢性疾患——心不全でありCOPDであり高齢者喘息です——を最善の状態に管理できれば、高齢者が元気であり続け、高齢者社会を活性化し、医療費を軽減することも可能だろうと考えられます。

 

 こうした観点からも、高齢者喘息を初めとする慢性疾患の診断と治療には、これまで以上に傾注していく必要があるのではないでしょうか。(有)