日本医科大学
藤森俊二教授


 全長が6m以上ある小腸。その検査には、これまで「プッシュ式」(長い内視鏡を押し込んでいく方法)という検査が用いられていた。しかし、小腸は口からも肛門からも遠い臓器であり、この検査では十二指腸より1m程度まで見るのが限界。患者に掛かる負担も大きく、思うように病変を見つけることは難しいとされてきた。 


 しかし、今世紀になって小腸検査の事情は一変する。医薬品のカプセル錠とほぼ同じ大きさの「カプセル内視鏡」と、バルーンにより小腸を手繰り寄せるように縮めながら挿入する「ダブルバルーン小腸内視鏡」が発明されたためだ。 20世紀中、人体の“暗黒大陸”とされた小腸が、検査機器の革命が起きた21世紀を迎えてどのように開拓されていくのか? 今回は日本医科大学消化器内科の藤森俊二講師の講演について紹介する。 テーマは「PillCamカプセル内視鏡を用いた小腸疾患の診断と治療」(ギブン・イメージング株式会社主催 カプセル内視鏡セミナー) 



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 10年ほど前まで、小腸は検査が難しい臓器でした。このため小腸の病気、とりわけ小腸腫瘍は、腫瘍が大きくなることで起きる出血、腸閉塞、腫瘤の触知、他の検査や手術による偶然の発見により診断されることが少なくなかったのですね。つまり、このようにして見つかる場合は、往々にして腫瘍が大型化していて手遅れになることが多くありました。その予後は消化管がんのなかでも悪い傾向があり、小腸がんの5年生存率は多くの報告で2540%のあいだとされてきました。 


 しかし、今世紀に入ってから「カプセル内視鏡」、「ダブルバルーン小腸内視鏡(DBE)」という優れた内視鏡が開発されたことで、小腸がんやクローン病、原因不明の消化管出血といった病気の早期発見ができるようになってきました。 


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 ここで藤森講師は、小腸に関する疾病の症例を提示。カプセル内視鏡とDBEを効果的に用いることで、これまで早期発見が難しかった疾病が見つけられることを紹介。 いずれのケースでも、初めにカプセル内視鏡により病変や異常の大まかな位置、状態を探る。その結果、病変や異常が認められれば、該当箇所をDBEによりピンポイントで調べて具体的な情報を得る——というプロセスで検査を進めることで、大きな成果を上げられたとしている。

 

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 なぜ、カプセル内視鏡を初めに使って、その後にDBEを使うのか? 最初から病変を詳しく調べられるDBEを使えば良いのでは? と思われる方もいるかもしれません。 しかし、私は初めからDBEを使うことには消極的です。一般に、6mに及ぶ小腸のなかから、ごく小さな病変や異常をピンポイントで見つけることは極めて難しいものです。だからこそ、最初にカプセル内視鏡を使って検査を進め、その結果異常を見つけたら、そこに狙いを付けてDBEで検査するというのがベターな方法と考えています。つまり、カプセル内視鏡で原因の有無を確認して、何かあればDBEで詳しく調べるということです。 


 DBEは口からも肛門からも検査できます。しかし、いずれにしても検査時間は1時間を超えることが少なくありません。1時間以上、体内に内視鏡を入れられる患者さんにも大きな負担を掛けることになりますし、時間が掛かる検査だけにトラブルが起きる可能性も否定できません。だからこそ、カプセル内視鏡による検査で病変、異常の当たりをつけてからDBEの検査を行えば、その分、検査時間も短くなるわけです。 


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  例えば、カプセル内視鏡の検査で「肛門から1mの箇所に病変がある」ことがわかれば、DBE検査を始めるに当たって、初めから口ではなく肛門よりDBEを挿入して、肛門から1m付近を徹底して調べる——というように、効率よく検査できるということだ。 また、DBEは検査だけではなく、病変の切除などの治療に用いることもできる。検査用と治療用のDBEはタイプの異なるものだが、カプセル内視鏡の検査により「DBEで詳しく調べるまでもなく、明らかに治療した方が良い」という所見が得られれば、DBE検査を行うにあたって最初から治療用のDBEを使うことができるという。 


 このように小腸の検査を革命的に変えたカプセル内視鏡とDBE。その“実力”は、具体的にどれほどのものなのか? 


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 当科での検討結果——0412月から064月までに原因不明消化管出血を精査するためにカプセル内視鏡検査を行った連続45例の患者の診断と治療、予後の検討——について見ると、小腸に出血源を確定診断した症例の予後は、資料1の通り「全例生存」という非常に良い結果が出ています。

 

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 このように良いことづくめに見えるカプセル内視鏡だが、そのデメリットはないのだろうか? 藤森講師は語る。


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 “嚥下障害のある方は要注意”などの注意を守っていればカプセル内視鏡は合併症の極めて少ない検査です。。ほとんど唯一と言える合併症として注意が必要なのが「滞留」です。 カプセル内視鏡検査は、患者さんがカプセル内視鏡を飲み込み、小腸にあるカプセル内視鏡が撮影する画像データを体外のデータレコーダ(腰につけるウエストポーチのような装置)に送信し、その後、排便によりカプセル内視鏡が体外に排出されるというプロセスで行われます。 


 問題の「滞留」とは、カプセル内視鏡を飲んでから2週間経っても排出されない——具体的には、消化管内腔が狭くなっている口側でカプセルが少なくとも2週間留まっている——状態のことです。これを取り除くためには、DBEもしくは外科手術による処置が必要となる場合があります。 


 しかし、「滞留」の主な原因は、腫瘍、クローン病、手術による吻合部狭窄といった小腸の疾病や異常によるものなのです。言葉を換えれば、カプセルが「滞留」しなければ見逃されていた疾病を発見できるきっかけになるということでもあります。そもそも病気で詰まっているのであれば、結局、手術する必要があるわけですから。


 実際、健常人の場合はカプセル内視鏡が「滞留」することはありません。ただし、ごく少数の方ではありますが、本来その病気に不必要であった手術を行わなければ回収できない可能性があります。そこで、カプセルを回収するときに手術する場合のあることに承諾が得られないとカプセル内視鏡を行ってはいけないことになっています。


  ここまで紹介した通り、カプセル内視鏡は、小腸を少ない身体的負担で検査できる新しいコンセプトの内視鏡です。その効果も高く、原因不明消化管出血患者の早期診断、早期治療により患者のQOL向上、医療費削減に大きく寄与するものです。

(有)