女子栄養大学
副学長
香川靖雄氏
◆メタボリックシンドロームとは、高脂血症、高血圧、高血糖、内臓脂肪型肥満のいずれかを併発している状態のこと。これを放っておけば、多くの場合、動脈硬化→動脈硬化性疾患という形に発展。最悪の場合、脳卒中や心筋梗塞などを起こしてしまう——ということは、いまや“国民の常識”のように知られている。
ということは、メタボの患者が多ければ多いほど、脳卒中の患者も多い可能性が高く、脳卒中の患者が多ければ、そのまま寝たきりになってしまう人も多いのではないか? という推論も成り立つ。実際、現在の日本では「メタボの患者は多く、脳卒中の人も多く、寝たきり老人も多い」ことから、上記のような推論もあながち間違いではない……と考えられている。
今回取り上げるセミナーは、こうした推論と“国民の常識”に真っ向から挑戦するかのような題材——「メタボの患者が多いけど、脳卒中の人は少なくて、寝たきり老人も少ない」——について、女子栄養大学の香川靖雄副学長が語ったものだ。 テーマは「メタボリックシンドローム治療と葉酸で脳卒中・認知症を予防する」(ビタミン広報センター・第41回プレスセミナー)。
2000年に始まった「21世紀における国民健康づくり運動」(健康日本21)ですが、この運動のスタート当初は、成人の肥満者(BMI≧25.0)が20〜60歳の男性で24.3%でした。これを2010年までに15%以下にしようというのが健康日本21の目標でしたが、一昨年発表された中間評価では29.0%と悪化していました。他の指標も同様で、歩数では当初8202歩(目標9200歩以上)が7575歩となり、野菜摂取量も当初292g(目標350g以上)が267gと悪化しています。
このように国家レベルでメタボリックシンドロームをコントロールする試みは、極めて難しいものです。実際、日本だけでなく他の先進国でも、メタボリックシンドロームをコントロールできていないのが現状です。
ただ、他の先進国と日本とのあいだには、大きな違いがあります。メタボリックシンドロームはコントロールできていなくても(その進展によりリスクが高まるとされる)、脳卒中死亡率は低減できているんですね。
アメリカの白人女性を対象とした脳卒中死亡率の調査結果が、97〜98年を境に脳卒中死亡率が激減しています。この年に何があったのか? その答えは「政府の指導により、穀類への葉酸強化(小麦、米、トウモロコシ等へ強制的に葉酸を添加する)をスタート」したことにあります。カナダでも同様の施策を行ったのですが、その結果、このグラフ以上にドラスティックな形で脳卒中死亡率が減ることになりました。
◆アメリカでの穀類への葉酸強化は、「穀類100g/140μg」という割合で添加されている。この結果、上記のように脳卒中死亡率の減少に加え、葉酸強化スタートから10年間で大腸がん、肺がん、乳がんなども減少し、全がんの減少は初期の目標の250%にまで達した。このアメリカでの成果を受け、現在では55カ国が穀類への葉酸強化をスタート。07年にスタートしたオーストラリア、ニュージーランドではアメリカの倍量となる「穀類100g/280μg」を強制添加している。
日本人に脳卒中が多い理由には、メチレンテトラハイドロ葉酸還元酵素(MTHFR)のを持つ人が、全人口の約15%に及んでいるということもあります。このを持つ人は、¥他のケースよりも3.5倍も脳梗塞を起こしやすいことが明らかになっています。
◆(TT型)の場合、血清ホモシステイン値が高く脳梗塞のリスクも高いとされる。これを下げるためには、葉酸血中濃度を高くすることが一つのカギとなるという。
このような(TT多型)の人には、厚生労働省が推奨している葉酸摂取量「240μg/日」ではとても足りません。「400μg/日」の葉酸を摂取することで、ようやく他の遺伝子多型の人と同じ程度の葉酸血中濃度に落ち着くのですね。
総人口の約15%が(TT多型)であるにも関わらず、葉酸摂取推奨量が「240μg/日」ままであっては、脳卒中のリスクを下げることはできないでしょう。脳卒中のリスク軽減、予防のためにも、現行の基準を引き上げ「400μg/日」にすべき——というのが私の考えです。
葉酸摂取にあたっては、「野菜を多く食べる」「サプリメントを摂る」など様々な方法があるでしょう。ただ、現時点では、食品に添加するのが望ましいと考えられます。
パンなどに添加する葉酸は「モノグルタミル葉酸」というもので、天然食品中の「ポリグリタミル葉酸」よりも吸収がよく、利用率が高いんですね。これをパンなどの食品に添加すれば、葉酸摂取量の個人差を減らせますし、濃縮したサプリメントの摂取時に問題となる大過剰摂取のリスクもなくすことができます。
脳卒中で倒れる人が多く、寝たきり老人が多い——そんな現状だからこそ、葉酸摂取量の改定、食品への強制添加といった施策を実現することが求められているのではないでしょうか。(有)