ここ最近になって注目されつつあるAD/HD(注意欠陥/多動性障害)。落ち着きがなく、いつも身体を動かし、衝動にまかせて行動する。人並みはずれて飽きっぽい。計画性がない——といった発達障害で、学童期の子どもの3〜7%に発現するとされている。

 

 このように比較的ありふれた障害ではあるものの、「ただの注意不足では?」「本人の性格というかわがままではないか?」と、真に理解されることの少ない障害でもあるAD/HD。実際、子どもの“頭の中”を覗けるわけではないので理解し難いのも当然ではあるのだが……。

 

そんなAD/HDの子どもの理解を深めるべく、ヤンセンファーマはこのほどAD/HDの疑似体験装置「バーチャルAD/HD」(ヤンセンファーマ)を発表した。


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 体験装置は、視界の全てをカバーするフェイスマウントディスプレーとヘッドホンで構成されたもの(リリース写真上)。ディスプレーを通してCGで構成された室内や屋外などの映像プログラムを見回しつつ、ヘッドホンを通してバイノーラル録音(三次元音響が体験できる録音方式。サラウンドシステムよりも的確に音源の位置や距離を確認できる)されたプログラム内の音像を把握するというもの。


 かいつまんで言うならば、「CGとバイノーラル音源で構成されたバーチャル空間を体験する」というものといっていい。といってもテーマパークにあるような“一本道”のプログラムではなく、自分の意思で視点を変えることができる——ディスプレーととともに上を向けば天井や空を見上げ、右を向けば壁が見られるように、ほぼ360度視点を変えられる——ものだ。TVゲームに詳しい人には、「FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)のようなもの」といった方が通りが良いかもしれない(写真参照)。

 


 バーチャルAD/HDでは、「AD/HDのある小学3年生つよし君」の1日(プログラムは6分間)を体験できる。教室(理科室)から始まり、自宅、屋外と進んでいくプログラム。3DCGで構成されたその内容は、ある意味、テーマパークの3DCGアドベンチャー——ただし内容は極めて地味目——といえなくもない。ただし、こうしたプログラムと大きく異なる点は内容だけではない。バーチャルAD/HDでは、ほぼ全編に渡って自分の意思で視点を変えられるのだ。理科室の出入口が気になれば視点を右手に変えて出入口を見られるし、自宅内のテレビが気になれば視点を左手に変えてTVが見られる。

 

 といっても、これだけであれば、ただのバーチャル空間体験プログラムでしかない。しかしこのプログラムの真骨頂は、「視点を変えたくてもなかなか変えられないもどかしさ」を余すところなく体験できることにある。

 

 これはどういうことか? 例えば理科室で黒板を見る場合、本来であれば座っている位置の正面に黒板があるため、視点をまっすぐ保っていれば問題なく黒板を見られる。しかし、AD/HDのあるつよし君は、理科室にある他のもの——出入口の喧騒や骸骨の標本、振り子など、何かと刺激的なモノ——に興味を持ち視点を移してしまうため、「視点を真正面に保とうとしても、次々と他のものに目移り」することになるのだ。


 体験した状況をそのままレポートすると次のようになる。

 

黒板を見ようと視点を真正面に置く

左でカチカチ音が鳴っている振り子へ強制的に視点が移る

左側に視点が移ったので首を右に振って視点を真正面に置く

黒板の右にある骸骨の標本へ強制的に視点がズームアップする

右側に視点が移ったので首を左に振って視点を真正面に置く

 

……といったように、自分の意思とは関係なく視点が次々を移り、思うように集中できない状態(AD/HDの子どもの視覚)が体験できる。

 

 この忙しい視点変更のあいだ、ヘッドホンからは絶え間なく周囲の音が流れてくる。理科室では、周囲の話し声、廊下の雑踏、振り子の音、外の喧騒などが三次元音響で“等価”に聞こえてくる。つまり、「サラウンドでやかましい状況」が延々と続くのだ。

 

 一般に人間の聴覚では、聞きたいものを聞き、聞きたくないものをスルーする「カクテルパーティー効果」が働いている。何十人もの人が一斉に会話しているカクテルパーティーで、目の前の人の話だけを聞き取れるのも、脳内で“音の取捨選択”が的確に行われているためだ。しかし、バーチャルAD/HDでは全ての音が一斉に聞こえてくるため、ただひたすらやかましいことしか感じられない。これこそが騒音が気になって集中できない状態(AD/HDの子どもの聴覚)なのだろう。

 

 バーチャルAD/HDの医学監修を担当した京都大学医学部精神医学教室院内講師の岡田俊氏によると、AD/HDでは視覚、聴覚だけでなく五感全てで上記のようなもどかしさを感じるのだという。体験プログラムはたった6分だが、それだけでも結構な違和感があるものだった。この違和感が五感全てで一日中延々と続くとなると、かなりキツイことだろう。全くAD/HDのことを知らない筆者にもこう思わせただけでも、「AD/HDの世界を疑似体験させる」という目的は十分に果たせるものといえよう。

 

「CGワークがPS2レベルどころか初代PSレベルではないか?」


「ヘッドホンはもうちょっと高級な機器じゃないと、より効果的なバイノーラル効果を得られないのではないか?」

 

 など、難点もなくはないバーチャルAD/HD。ヤンセンファーマでは25台を全国各支店に配備し、小児科医師や看護師などを中心にAD/HDの啓蒙活動を行っていくという。(有)