独協医科大学医学部
産婦人科教授
稲葉憲之氏


「現在申請中の子宮頸がんワクチンは、日本の医療にどのようなインパクトを与えるのか?」について、医療経済効果という側面から論じた福田敬・東京大学大学院医学系研究科臨床疫学・経済学准教授の講演内容(テーマは「子宮頸がんワクチンの医療経済的意義」)。前回は、その“本題”を理解するために必要な、医療の効率性評価の基本中の基本という

“前段”について取り上げた。

  

 投入と産出、費用効用分析と費用便益分析の基本、QALYという考え方……。詳しくは前回の記事を参照していただきたいが、今回取り上げる“本題”、すなわち「子宮頸がんワクチンは、日本の医療にどのような形で貢献するのか?」についての調査結果は、こうした医療の効率性評価についての考え方、調査手法を駆使したものとなっている。

 

 というわけで、満を持して「子宮頸がん予防ワクチンの医療経済的効果とその意義」(グラクソ・スミスクライン、メディアセミナー)の目玉であり、講演の“本題”について紹介する。

 

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 子宮頸がんワクチンを使うことで、どれだけ社会的に豊かになれるのか?


 社会的に豊かになるために、どれだけのワクチンが必要になるのか?

 

 これを調べるのが、今回の調査——「子宮頸がんワクチンの医療経済的意義 日本の分析事例」(今野良、福田敬ほか。産婦人科治療2008 In pressより)——の目的です。社会的に豊かになるという<便益>を得るために、どれだけのワクチンを用意し、投与するという<投資>が必要となるのか? このような経済効率性を評価することで、どんな予防法がベターなのか?を探ることを目指しています。

 

 結論から言うと、12歳女児に対して子宮頸がんワクチンを接種した場合には、「非接種の場合に比べて、子宮頸がんの発生数や死亡数を約73%減らせる」ことが明らかになりました。また、経済効率では「社会的損失を190億円抑制する」という結果が出ています。

 

 12歳女児に対して子宮頸がんワクチンを接種するために必要な費用は210億円ほどですが、これによりがんの治療費を初めとする諸々の医療費(直接費用)は約160億円抑制され、通院や入院することによる労働損失を初めとする社会的費用(間接費用)も約233億円抑制できます。つまり、掛かる費用約210億円から抑制できた費用約400億円の差し引き190億円分、社会的損失を抑えられるということです。

  

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 福田准教授に先立って講演した稲葉憲之・獨協医科大学医学部産科婦人科学教室主任(写真)によれば、子宮頸がん、発がん性ヒトパピローマウイルス(HPV:Human Papillomavirus)の感染による発症するとされている。ただ、HPVにはDNA配列の違いから100種類以上のタイプがあるものの、子宮頸がんを発症させるハイリスクウイルスは16型と18型であるという(世界の子宮頸がんの70%以上は、この2タイプの感染が原因とされる)。つまり、この2タイプのウイルスをブロックするワクチンがあれば、子宮頸がんを劇的に予防できる——というアイディアが生み出されたのが、現在申請中の子宮頸がんワクチンなのだ。



 稲葉氏は、「がんの進行次第では子宮全摘出という重大な決断を迫られる子宮頸がんを早期に発見、予防することは、社会的にも重要である」と語る。加えて、HPVは比較的安定性の高いRNAウイルスであるため、開発したワクチンの効果が永続的に確保できる(変異の多いRNAウイルスであるインフルエンザでは、年毎に新たなワクチンを製造する必要がある)ことも、子宮頸がんワクチンの大きなメリットであるとしている。  


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 さて、12歳女児に対して子宮頸がんワクチンを接種したケースについて、これを費用便益比(CBR:cost-benefit ratio)——投入した費用に比べて、どれだけ効果があったのかを評価する——という観点から見てみましょう。この場合、CBRは「抑制できた費用400億円/掛かった費用200億円」という計算で、CBR1.9となります。つまり、投資額に比べて約2倍の便益が獲得できるということです。

 

 国交省が公表している公共事業評価のための費用便益分析指針では、「CBR=1以上」であれば投資効率が良いとしています。この点から見ても、12歳女児に子宮頸がんワクチンを接種する場合の「CBR=1.9」という数字は、極めて経済効率に優れているといえるでしょう。

  

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 講演では、10歳から45歳の女性に対してワクチンを接種した際の推計についても報告された。この場合、ワクチン費用(36000円/コース)は9900億円に及ぶが、その一方で社会的損失は430億円抑制できるという。ただし、この推計はワクチン費用が完全公費と仮定した場合のもので、言葉通りの“試算”である。より現実的なモデルではどのようになるのだろうか?

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 ワクチン費用の7割を公費負担という形で薬価制度に組み込んだ場合では、増分費用対効果(ICER:incremental cost-effectiveness ratio)——より良い治療・予防効果を得るために、必要となる追加費用の効率性について——は「37万円/QALY」となります。英米を初めとする海外では、「5万ドル/QALY」以内であれば効率的であるとされていますから、極めて経済効率が高いということです。

 

 ここまでの調査結果の通り、子宮頸がんワクチンは、子宮がんの発生数やがんによる死亡数を大幅に減らすことが期待されます。費用対効果という面では、薬価制度に組み込んだ上で、10歳から45歳までの女性にワクチンを接種するというモデルを採用した場合、大きな社会的便益が得られるだけでなく、極めて経済効率も高いことが明らかです。

 

 つまり、子宮頸がんワクチンを保険制度に組込み、保険制度の下でワクチン接種を推奨すべき——というのが、今回の調査から得られた結論です。(有)