東邦大学医療センター
大橋病院外科 教授
斉田芳久准 氏


 「大腸がんによる腸閉塞=人工肛門の装着」という“常識”は、今年以降、通じなくなるかもしれない——。というのも、この3月、厚生労働省は「大腸狭窄に対する金属ステントの適応」(大腸ステント)について保険を承認。これにより、大腸がん治療に、「人工肛門を使わずに済む」という新たな選択肢が生まれるのだという。今回取り上げるのはボストン・サイエンティフィックジャパン(株)が主催するセミナー『国内初の薬事承認品 大腸ステント記者勉強会』。演者は東邦大学医療センター大橋病院外科の斉田芳久准教授。


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 大腸がん狭窄で緊急の手術が必要とされる患者さんは、多くの場合、お腹をパンパンに膨らませて手術室に運ばれてきます。なぜかといえば、イレウス(=腸閉塞)のために大腸が詰まり、ガスや糞便が溜まっているわけです。手術のために開腹すると、腸が溢れんばかりに出てきて、手術室には強烈な臭いが立ち込めます。この環境下で無事手術を終えた後は、人工肛門を装着することになります。
 

 このように、イレウス状態にある大腸がん狭窄患者への手術にあたっては、「腸内のガス、糞便により手術が困難を極める」「手術後にはQOLが決して高いとはいえない人工肛門の装着は必須」という問題があります。
 

 この問題を解決するためにはどうすればいいのか? という視点から考えられたのが「大腸にステントを通して、イレウス状態を改善する」という大腸ステントです。


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 大腸ステントの目的は、「詰まっている大腸にステントを通して、詰まりを緩和する」ことにある。 


 例えば、大腸に発症した悪性腫瘍により腸が狭くなる大腸がん狭窄に対しては、 


 ・悪性腫瘍により閉塞している大腸内壁に、糸のような内視鏡を通し
 ・内視鏡につけたステントを風船で膨らませ、閉塞している大腸内壁を広げ
  ・広がった箇所をステントで固定する

 

という方法で詰まっている大腸を広げ、腸内に溜まっているガスや糞便を排出。これにより“正常化”した大腸にメスを入れ、がんを切除する——という術式が採られる。


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 イレウス状態を改善した後に、普通の大腸がん手術を行なうことにより、手術の成功率は大きく高められます。そして何より、手術後に人工肛門を装着せずに済むんですね。もちろん全てのケースで人工肛門が必要なくなるわけではありませんが、劇的に減らせることは間違いありません。


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 現在、日本における大腸がん患者は10万人程度と推定されている。このうち約10%程度(1万人)が大腸がん狭窄であるという。緊急手術のうち30%は根治手術できず、予後も不良であることが多いとのこと。これらの問題を一挙に解決するのが大腸ステントなのだ。


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 私どもの科で実施した大腸狭窄に対するステント治療の結果は目覚しいものです。また、欧米での成績も、臨床的有効性は88%を記録しています。これらの結果から見ても、大腸がん狭窄にたいしては、過大侵襲手術や緊急手術を回避するためにも、大腸ステントを一層普及させる必要があるといえるでしょう。

 実際、イレウス状態で緊急手術を行なうと、汚染手術は避けられません。また、一時的に吻合した場合には、縫合不全など術後の合併症が多く発生してしまいます。こうした事態を避けるためにも、大腸ステントでイレウス状態を解消してから、“普通の大腸がん手術”を行なうことは、極めて有用といえます。


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 ここまでの実績を見る限り、大腸ステントは「活用して当たり前」「保険適用されて当然」のように思える。しかし、実際に保険適用されたのは今年に入ってからのことで、欧米各国に遅れること10余年だった。なぜ、日本では大腸ステントの保険適用がここまで遅れてしまったのだろうか?


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 大腸ステントの研究開発は、実のところ日本が最も先行していました。かく言う私がパイオニアとして研究を進めてきたのですが、大腸にステントを通すということに対しては、厚生労働省サイドが「もし誤って大腸に穴を開けてしまったら致命的な事態になる」と懸念。また、大腸がんにステントを通すことには、がん専門医が「『がんには直接さわらない』というのが、がん治療の基本。ステントを通すなどもってのほか」と、強硬に反対していました。
 

 大腸に穿孔すると致命的な事態になる——ということは間違いありません(大腸穿孔の死亡率は50%程度)。しかし、ステント術の手技自体、そう難しいものではありませんし、適切な手技で治療を行なえば、ほとんどの場合、穿孔するようなことはありません。これは当院や欧米での豊富な事例が証明するところです。また、「がんに触れる」ことの是非についていえば、大腸ステントでも緊急手術でも、腫瘍に直接触れずに手術はできませんからね。


 ともあれ、今回新たに保険適用を受けたことで、大腸ステントを活用した治療があまねく広がっていくことに期待したいですね。私自身の夢は、「人工肛門をなくすこと」にあります。90年代に研究費を使って食道ステントを輸入しながら、大腸ステント治療を行なってきた日から考えれば、今日の状況は隔世の感があります。これからの課題は、「いかに大腸ステントを普及させるか」にあります。内科、外科の先生方との連携を通して、この大きな課題に取り組んで行くつもりです。(有)