シンガーソングライター

樋口了一氏


 企業主催の会見では見られない光景だった。照明が暗くなると、ギターの音色とともに歌声が響き渡る。「全国パーキンソン病友の会」の会見で開かれたシンガーソングライター・樋口了一さん(48)のミニライブ。記者会見で歌う樋口さんの姿は、出席した私たち記者に強い印象を残した。


前向きな気持ちでいるために


 樋口さんが歌うのは「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」(原作詞・不詳、日本語訳・角智織)。年老いた親が介護を行う子供たちに向けて「私の姿を見て悲しんだり、自分が無力だと思わないで欲しい」と歌う。樋口さんは、この歌で09年に日本レコード大賞優秀賞を受賞。年末に授賞式が開催されたが、そのとき、樋口さんは思うように声が出せなくなっていた。


 声帯や全身の筋肉が硬くこわばり、うまく動かせない。パーキンソン病だった。症状が現れたのは08年頃。パーキンソン病は、脳の神経伝達物質であるドーパミンが減少して起こる病気で、体の震えや筋肉のこわばり、動作の鈍りなどの症状が現れる。「授賞式のときが一番つらかった」。樋口さんは、そう振り返る。


「レコーディングが本当に大変でした。それを契機に薬を飲むようになった」。薬を飲むと症状が軽くなり声を出せた。だが、薬が切れるとまた発声が難しくなる。昔のようには歌えない。


 そこで発想を変えた。「病気になって、これを使って新しい表現をしよう」。これまでの発声法を思い切って変えた。「昔よりも声が出ていることがある」と感じたという。


 樋口さんは現在でも全国を巡ってライブ活動を展開している。「病気に対しての治療というか、前向きな気持ちでいること。そういう位置づけで歌っています」。声がかかれば無料で訪れて「手紙」を歌う。名付けて「ポストマンライブ」は、これまで137回を数える。


患者が研究開発に協力


 日本でパーキンソン病の患者は15万人以上いる。世界ではボクサーのモハメド・アリ、俳優のマイケル・J・フォックス、ローマ教皇だった故ヨハネ・パウロ2世といった著名人も。根本的な原因が不明で、病態メカニズムの解明と新薬開発が待たれている。


最近、パーキンソン病患者に希望を与えるニュースがあった。京都大学の山中伸弥教授が、あらゆる組織や臓器を作り出せるiPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発したことだ。パーキンソン病患者の神経細胞をiPS細胞で再現することにより、病態メカニズムを解明できるかもしれない。


 患者として何かできないか。そんな考えから「友の会」でもパーキンソン病患者の「臨床データベース」を設立し、研究者への協力を開始することになった。順天堂大学と慶応大学の研究者からアドバイスを得て、今年1月からデータを収集、4月から研究協力できる体制を整える。新薬が1日でも早く認可されるには、治験だけでなく研究開発にも協力していくことが必要との考えだ。


 樋口さんは、パーキンソン病となって「新しい荷物を背負った。でも、背負えない荷物を背負わされるとは思っていないんです」と話す。患者が歌い、患者会が研究開発に協力する。患者自身が行動することで、パーキンソン病の克服をめざす。(今岡)

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全国パーキンソン病友の会
http://www.jpda-net.org/index.php

 ※雑誌「医薬経済」(1月15日号)で「全国パーキンソン友の会」を紹介しています。