苦にするな 嵐のあとに 日和あり


 116歳の天寿を全うされた木村次郎右衛門さんの句である。男性の最長寿者としてギネスブックに登録されていた。台風一過の好天は誰もが経験している。どんな暴風雨でもそんなに長くは続かない。だから気に病むなという句意である。人生もまさにそうである。楽あれば苦あり、苦あれば楽ありなのである。

 ユング心理学の権威・河合隼雄先生も「いいことは二つない」と口癖のようにおっしゃっていた。ということは「悪いことも二つない」のである。「禍福(かふく)はあざなえる縄のごとし」であり、「人間万事塞翁が馬」なのである。


 有露地より 無露地に帰る 一休み
  雨降らば降れ 風吹かば吹け


 ご存知、一休禅師の歌である。有露地とはこの世のことで、無露地とはあの世のことである。師より「一休」という名をいただいた折に詠んだと伝えられている。


 一休さんは臨済宗のお坊さんである。座禅や公案など厳しい修行を積まなければならない。そこへいくと、浄土宗や浄土真宗は「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで、極楽往生できると説いている。そこで揶揄(やゆ)する一首を詠んだ。


 極楽は 十萬億土と 聞くからは
  足腰立たぬ 婆は往けまい


 当時、浄土真宗には中興の祖といわれる蓮如上人がご存命だった。一休さんの歌を聞いて、切り返す一首を詠んだ。


 極楽は 十萬億土と 聞くなれど
  近道すれば 南無の一声

 なんともあざやかである。これには一休さんもさぞ苦笑されたことであろう。


 この二首の歌は、京都のどこかのお寺に大事に保存されているとのことである。不勉強でそのお寺の名前がわかっていない。鋭意調べてみたいと思いつつ、日が経っている。


 世の中は 娘が嫁と 花咲いて

  嬶としぼんで 婆と散りゆく


 詠み人知らず、年代不詳の狂歌である。女性陣から「セクハラだ」「侮辱している」と怒声を浴びせられるような歌意である。しかしさすがはわれらが一休さんである。後世にこんな歌が作られるとは思いもよらなかったであろうが、見事に反論する歌をちゃんと詠んでくれている。


 世の中で 女(め)ほど尊き ものはなし
  釈迦や孔子を ひょくひょくと生む


 どんなに偉い人でも、必ず女性から生まれてくる。女性ほど尊いものはいないと喝破されている。これならばウーマン・リブの闘士たちも上げた拳を下ろすであろう。


 女に生まれて一番美しいのは今
 女に生まれて一番幸せなのは今
 女に生まれたその日から
 抱いていた小さな憧れ
 母も、またその母も、装いを継ぎにし
 女の歴史
 そして今あなたも

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松井 寿一(まつい じゅいち)

 1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある。