横浜市立大学附属
市民総合医療センター神経内科
高橋竜哉准教授


 この世で最も恐ろしい病気は何か? 語弊を恐れずに言うならば「脳卒中」ではないだろうか?
 

 がん、心疾患、糖尿病……いずれも恐ろしい病気ではあるが、早期発見により適切な治療を行えば現状復帰できることが多い。よほど手遅れにならない限り深刻な後遺症に悩まされることも少なくないといえよう。しかし、脳卒中の場合は、早期発見ができず(症状が出たときには手遅れ)、適切な治療を行ったとしても深刻な後遺症(言語障害、半身麻痺など)に悩まされることも少なくない。致死率もきわめて高い。


 随分昔の話だが、母親が子どもをしつけるときに、「お母さんが倒れたら、頭を振ってしまいなさい」と教えていたというウソのような本当の話もあったとか。つまり、「めまいであれば頭を振られて気づくし、脳卒中であれば助かったとしても後遺症が深刻なので、いっそ頭を振られて死んだ方がマシ」ということなのだろう。 

 

 そんな脳卒中について、現在どのような治療が行われているのか? 3時間以内に病院に行くべし! という教訓にはどのような理由があるのか? こうした脳卒中を巡る最新事情について語った横浜市立大学附属市民総合医療センター神経内科の高橋竜哉准教授の講演を紹介する。テーマは「脳卒中の内科最新治療」。

 

 今日お話するのは脳卒中と総称される3つの疾患(脳出血、脳梗塞、くも膜下出血)のうち、脳梗塞についてです。脳梗塞がどれだけ怖い病気か? みなさまには良くご存知のことと思います。データの面から一例を挙げますと要介護原因で最も多い疾患が脳血管疾患なんですね。総数でも多いのですが、特筆すべきは要介護度が上がるほど、その比率が高くなっている点です。脳梗塞が重篤な後遺症を引き起こすことを顕著に示しているといっていいでしょう。


 ただ、脳梗塞は、以前ほど手に負えない病気であるわけではない。ここにきて血栓溶解剤(t-PA)による治療がスタートし、「発症から3時間以内に病院に駆け込めば治療できる」との見方が広まりつつある。

 

 t-PAは、厳密に言うと「発症後3時間以内であれば、虚血性脳血管障害急性期にともなう機能障害の改善できる」という医薬品です。この点滴自体は1時間程度で終わりますが、投与後は36時間に渡って患者の状態をモニター——投与直後1時間は15分置きに神経症状をチェックする必要があります——しなければなりません。また、投与前にも血液検査を行う必要があり、その他の準備を含めると2時間ほどの時間が必要となります。つまり、発症後3時間以内というのは、「t-PAを行うための準備に2時間。投与に1時間掛かる」というギリギリのリミットのことなんですね。

 

 発症時刻についても注意が必要だ。例えば、「19:00頃、目の前で倒れたケース」であれば、倒れた時間である19:00が発症時刻となる。しかし、「昨日の夜23:00頃は元気だったが、今朝7:30に見たら発祥していたケース」であれば、今日の7:30ではなく昨日の23:00が発症時刻となるのだ。もう一例挙げるならば、「20:15に外出する際には異常なし。21:40に帰宅したら呂律が回っていなかったケース」であれば、20:15を発症時刻とするということだ。

 

 なぜ、t-PAによる治療を行う前に厳密な時間を調べ、血液検査をしなければならないのか? なぜ、治療後にICUでモニターしなければならないのか? その理由は一重に「t-PAは使用にあたって最大限注意が必要な医薬品」であるからです。血栓を溶かすということは、使い方を誤れば出血が止まらない状態に陥ってしまうということです。ですから使用にあたってはチェックリストの項目を全て満たしていなければなりません。当センターでの脳血管疾患患者に占めるt-PA施行割合は、06年で5.6%、07年で5.7%に止まっています。これは国内全体で見ても、他国のケースを見ても同じ程度の比率です。このくらい慎重を要する治療ですが、その効果には大きなものがあります。従来の治療に比べると予後は圧倒的に良い結果を示しています。


 講演では、具体的な症例も紹介された(患者のプライバシーに関わるため、ここでの紹介は割愛する)。発症時刻から3時間以内にt-PAによる治療が行われたケースについて、治療後に自立帰宅できた事例や、入院時に重篤な症状が出ていたにも関わらず、治療後により劇的に回復した事例などが紹介された。「脳卒中のときには、3時間以内に病院にいくべし!(早くにt-PA治療を受ければ、劇的に回復する可能性がある)」という教訓がいかに重要であるかについては、これ以上揚言する必要はないだろう。

 

 しかし、多くの人は、「目の前で倒れた人が脳卒中であるか否かについてどのように判断すれば良いのか?」「脳卒中が疑われるものの、わざわざ救急車を呼ぶ必要があるのか?」と思われているのではないだろうか。

 

 これからお話しすることが、本日の一番大切なポイントです。


「目の前で倒れた人がいる。果たしてめまいか? 失神か? 脳卒中か?」というとき、医療従事者でなくても簡単に診断できる方法があります。

 

 そのポイントとは、顔を見る、腕を見る、しゃべりを聞くの3つです。

 

・まず顔を見て、「左右対称であるか否か」を確認します。倒れた方に「笑ってみてください」と声を掛けてから表情を観察してください。もし、左右対称でない——例えば、右側の口が下がっていた、左側の目が垂れていたなど——場合は、脳卒中の可能性があります。


・そのうえで腕を見ます。「腕を水平に上げてみてください」と声を掛けてから、両腕を上げられるか否かを観察してください。もし、どちらかの腕が上がらない、上がってもすぐに垂れてしまう場合は、脳卒中の可能性があります。


・最後にしゃべり方を観察します。倒れた人に、「“本日は晴天なり”といってみてください」(何をしゃべらせてもかまいません。ちなみに私たちは“瑠璃(るり)も玻璃(はり)も照らせば光る”としゃべっていただきます)と言って、しゃべり方と口の動きを見てください。呂律が回っていないか、どちらかの口角が下がっているようであれば、脳卒中の可能性があります。


 なお、簡易診断についてはにある通り、聖マリアンナ医科大学が作成したスケールがあります。このスケールで2点以上を記録した場合は、脳卒中が疑われます。


 もし、いずれか1点でもおかしいところがあれば、迷わず救急車を呼んでください。タクシーで病院に行く、車で送るということは止めてください。一分一秒でも早く治療しなければなりませんから、救急車でなければいけないのです。もちろん、上記のような簡易診断で脳卒中が疑われたものの、よくよく調べてみれば何でもなかったというケースもあるでしょう。でも、それはそれで結構です。私たちもそこのところは十分に承知していますから。


 脳卒中については「もうちょっと様子をみよう」とか「救急車を呼ぶのは恥ずかしい」と思ってはいけません。かかりつけ医への連絡も、家族への連絡よりも救急車を呼ぶことです。関係先への連絡は後でつければいいわけですから。一瞬でも迷わず決断することが肝要なのです。(有)