反貧困ネットワーク

事務局長

湯浅誠氏


——第2次安倍晋三内閣が12月26日に発足し、小泉改革で新自由主義路線を推し進めた竹中平蔵氏が「産業競争力会議」のメンバーに起用されました。今後をどのように予想されていますか。

◆正直まだ分からない。公共投資型の政治に戻ったが、自民党も90年代までの体質ではもうやれないというのは分かっているはずだ。今後、財政政策や民間投資などで「ごった煮」状態になるため、生活者目線のビジョンが今ひとつ見えてこない。13兆円超の補正予算を投入すれば、貧困層に対する一定のお金の流れはできる。しかし、それはカンフル剤やスペシャルバーゲンと同じ。いずれ効果は消える。だから、その後どういった路線に戻るのかが焦点になる。楽観視はできない。


   民主党政権下で内閣府参与を2年間務めていたこともあり、どのように政策決定がなされていくかということに対して、実感をともなうシミュレーションができるようになった。それぞれ意見の異なる財務省・経産省・厚労省を納得させるような、総合的な要素で政策は決定する。そのため、竹中氏が産業競争力会議へ参加したり、3年半ぶりに経済財政諮問会議が復活したからといって、旧来の路線には戻らないのではないか。もし完全に戻ってしまったら、貧困層にとっては命取りになる。

——今回の政策の中でもっとも重要視していることは何ですか。

◆TPP交渉への参加だ。他の問題は来夏の参院選後まで十分間に合うが、TPPだけは待ったなしの状態。私は、交渉参加=非関税障壁の完全撤廃、とは思わない。

——混合診療解禁について。

◆医療特区に対して懸念している人は多い。解禁がそういった方向への大きな吸引力となるのは間違いないが、すでに差額ベッド代などは、例外として認められている現状もある。ただ私がもっともいいたいのは、国外要因よりも国内要因へ目を向けてほしいということだ。

  ——国内要因とは。



◆超少子高齢化の問題だ。縦軸に「社会保障給付費の国民所得比」を、横軸に「高齢化率」をとり、各国を経年で比較した厚労省のデータがある(図参照)。アメリカは、社会保障給付費・高齢化率ともに低く、北欧諸国はその逆で高い。しかし、日本を除くどの国も基本的には45°の線上付近にあるが、2013年に社会保障給付費の国民所得比が25%になるといわれている日本は15°の線上付近に値がある。この角度のギャップをどう埋めていくのかが今後の課題だ。現在の日本のGDP総額は470兆円。欧米を基準に考えると230兆をはるかに超える額が必要ということが分かる。しかし、実際の日本の社会保障給付費は100兆だ。消費増税で国内がこれだけ揉めている状態なのに、この差を埋めることはとうてい無理だ。「公助」だけでは埋められないので、「共助」で補う必要がある。だから、われわれの選択肢は多くない。


① 増税
② 社会保険料の引き上げ
③ 健康寿命を延ばす
④ 混合診療の解禁


 この4つしかない。①と②はすでに取り組まれており、③にもすでに様々な政策が取られており、寿命も十分高い。残るは④。しかし④に反対する人たちは、①も②にも反対している割合が高い。高齢化率が世界一の速さで高まっている中で、④が嫌だというのであれば、①②③でどうしていくのかということを、われわれは考えなくてはならない。解禁反対を唱えていれば病気になる人が減るのであれば、こんな楽なことはない。しかし現実はそうでない。政府は(ITやジェネリック医薬品などを用いた)効率化によって社会保障給付費を減らし、対応力を上げるといっているが、手厚い社会保障がすでにある北欧ならまだしも、日本では話にならない。あまりにもグローバルスタンダードからかけ離れている。


——課税ベースの拡大について。


◆やるのであれば、消費税・法人税・所得税全てに広げるしかない。タックスヘイブンを経由した不正問題についても対策を練る必要がある。


——一般市民には何ができるでしょうか。


◆まずは「現実に向き合う」ということが大切。一般個人が医療行為に直接かかわることはできないが、それぞれが所属する地域の中で一緒になって生活しやすい環境や基盤を作っていくことはできる。高齢者による「病院のサロン化」に嘆く医師は多いが、診療時間外をお茶飲みの場所として病院を開放すればいい。薬局についても同様。生活相談・メンタル相談のような健康サービスにつなげていくなど、もっとあってもいい。そこでヒントになるのが、東日本大震災の被災地での取り組み。家に引きこもりがちな老人を集会所のレクレーションに参加させたり、そこで血圧を測ってあげたりしている。お互いののつながりが生まれている。そうやって住民一人一人の居場所を提供していく。そういったことに対して、個人がいかに寄与できるかということしかない。私が内閣府参与として、パーソナルサポートなどに取り組んできたのは、こういった背景があるからだ。

——製薬企業は何をすべきでしょうか。


◆製薬会社は、新薬開発を通して健康寿命を伸ばし、医療費の削減につなげていくという使命を持っていると思う。それを否定する気はないが、一企業の社会貢献として、「プラスアルファ」を検討してもらえるのであれば、社会福祉制度に乗ることができない人たち、すなわち、ワーキングプアやホームレスなど、「法的に認知されていない」人たちへの対応を考えてもらいたい。薬局や製薬会社が直接取り組むということではなく、そういったことに対して助成金を積極的に出したりするということ。私もこれまで数多くの助成金の応募にエントリーしてきたが、制度に乗ることができない人たちへの対応は極めて弱い。応募すらできないケースも多かった。


——高齢者や障害者、子どもなどに対しては明確な支援制度があるにもかかわらず。


◆しかし、ファイザーのような一部の外資企業は支援をすでに行なっている。内資の製薬会社にもぜひ見習って欲しい。


——「グローバルヘルス」をうたう前に、その力を国内へということですね。なぜ内資企業は積極的に取り組まないのでしょうか。


◆企業のイメージアップにつながらないからだ。アメリカだったら、ホームレス団体に献金したりするとイメージアップにつながる土壌がある。しかし日本国内ではそれがないので、結果的に助成金対象にはならない。日本は基本的に自助努力の国。たとえばホームレス問題に対して助成金を出せば、「甘やかしてどうするんだ」という声が必ず出てくる。結局、「わざわざお金を出してまで顧客を逃してどうするんだ」ということになってしまう。

——イメージアップにつながらないのですか。


◆国内では、彼らに対する社会的な偏見が強いからだ。民間主導の経済成長がうたわれている一方で、まるで逆のことが起きている。論旨が一貫していないといわざるをえない。むしろ民間が「率先的」にこういった雰囲気を醸成させていくべきではないのか。

——責任は企業側だけにあるのでしょうか。


◆われわれ消費者にも問題がある。企業に対して文句をいうだけでは駄目。「褒める文化」を作ることが大切だ。企業が社会的に良いことをしたら、しっかり褒めることをしなければならない。民主主義の質を上げるためには有権者が政治家を褒めなければならないのと同じことだ。こういった文化作ることができれば、市場も良質化される。


——格差や貧困が拡大する社会を「隣に人がいなくなること」と表現されています。


◆解決策を見つけていくことは決して簡単ではない。私自身もそうだったように、誰でも問題に気付く時は「たまたま」にすぎない。息子がたまたま引きこもりになってしまって、親が引きこもりに関心を持つようになったというようなこと。誰でも自分が経験していないことや、自分とは異なる環境に対して想像するのは難しい。そもそも、それをゆっくり考えるゆとりがない時代。しかし、格差貧困を拡大させないためにも、問題に気付いた人が周囲を巻き込んで、自分にはないノウハウやアイデア、手段を得て行動することが問われている。


——最後に。


◆そのためには、社会問題に敏感な人たちの行動だけを見て物事を判断するのではなく、「日曜日の銀座のホコ天に来ているような」普通の人たちに自らの意見に賛同してもらえるよう考えなければならない。この目線を失うと、本質を見誤ることになる。