東京薬科大学

名誉教授

岡希太郎氏


 立春が過ぎ、春の兆しが感じられる今日この頃。

 

 通勤電車に乗ると、彩り鮮やかな春物を身にまとった女性の姿をちらほらと目にすることが増えてきた。


 春である。


 そして、春と言えば健康診断。


 年が明けて3か月が経つというのに、年末年始で溜め込んだ脂肪が燃焼しきらず、なんとなく重たいお腹周り。

 ありのままの自分をさらけだせれば楽になれるのだが、なんとなく去年と同じ数値、できれば少しでも良い検査結果を叩きだしたいという見栄。

 だが、きつい運動や厳しい食事制限はしたくない。

 なんとか、楽をして健康な体を手に入れる方法はないだろうか…。

 そんな虫のよいことを、毎年この時期になると考えていたのだが、なんと、あるらしい。

 それはコーヒーだ。生活習慣のちょっとした改善にコーヒーをプラスアルファするだけで健康になれるという。


 これは、どういうことなのか。

 ぜひとも詳細を知りたいと思い、コーヒーが疾病予防にもたらす効果についての研究をなさっている、いわばコーヒー成分の専門家であり、「コーヒー一杯の薬理学」の著者でもある、岡希太郎先生にお話を伺ってきた。


◇◇◇


 岡先生の自宅は都内の閑静な住宅街にある。

 応接室に通され、緊張しながら先生をお待ちしていると、なんと先生が手ずから淹れたコーヒーをふるまってくださった。

 鼻をくすぐる良い香りに、ガチガチに強ばった緊張が少しずつほぐれていく。ふつうのコーヒーの3倍の成分が詰め込まれたスペシャルコーヒーだという。


 芳香を放ってはいるが、見た目はふつうのコーヒーらしくない気がする。
やはり、味が違うのだろうか。

 3倍の成分が含まれるということは、苦みも3倍なのだろうか…。


 恐る恐るコーヒーに口をつける。

 おいしい!

 想像したような苦味はない。ふつうのブレンドコーヒーより濃厚な味が舌に残るという感じだ。一口飲んでしばらくすると、頭がすっと冴えるような感覚がした。


 おいしくて健康に良い、この岡先生のコーヒー、どうしたら自宅でも飲めるのか。どんな豆を購入したら良いのか伺った。


「豆は深煎りと浅煎りをブレンドしたものを使うのがポイントです。そうすると、コーヒーが持っている、体に役立つ効果を幅広く得ることができます」


 意外にも豆の選択には、「種類」や「産地」が重要だと思っていたが、そうではなく「煎り方」がキーワードになるようだ。


 なぜ豆の煎り方の違いがポイントなのか。答えは、香りにある。


 焙煎コーヒーの香りの中には、体に吸収されてニコチン酸と似た働きをする物質が含まれている。たとえば、脂質代謝を改善してくれる香りとして、2,5-ジメチルピラジンがある。この物質はお腹の中に吸収されると肝臓で代謝されて、やがて「5-メチルピラジン酸」という化合物に変わる。この化合物は、じつは高脂血症治療薬の「アシピモックス」のことである。

 こういったニコチン酸と似た働きをする物質は1種類だけではなく、先にも述べた「脂質代謝を改善する香り」「血液をさらさらにする香り」「血管を保護する香り」といった具合に何十種類も存在するそうだ。そして、これは焙煎度とともに変化するという。つまり、様々なコーヒーの香りが体によい影響を及ぼす。

 より多くの体に良い効果を得たいと考えるならば、焙煎時間の異なるコーヒー、つまり深煎りと浅煎りのコーヒーをブレンドして飲めば良いというわけだ。


 といっても、深煎りとか浅煎りとか言われてもピンとこない人も多いだろう。

 そこで、焙煎度が一目で分かるように図を用意した。カフェなどでコーヒーをオーダーするときの参考にしてみてほしい。



◇◇◇


 さて、これで健康になれるコーヒーの選び方は分かった。

 あとは、このコーヒーを利用していかに楽して健康になるかどうかである。


 岡先生に質問を切り出すと


「コーヒーを飲んでいるだけでは健康にはなれません。コーヒーはあくまでも予防手段のひとつです」


 ばっさりと一刀両断されてしまった。


 やはり、虫のよい話などなかったのだ。

 期待が大きかっただけに落ち込みそうになったが、落ち込むのはまだ早かった。


「1日1杯のコーヒーを飲むことにプラスして、毎日20分でいいので早歩きをしてください」


 なんと!

 それだけで2型糖尿病にかかるリスクは半分にまで減少するという。生活習慣の見直しとコーヒーの摂取。この双方をあわせることによって、すばらしい相乗効果を得ることができるのだ。


 もし、これが生活習慣の改善だけあるいはコーヒーの摂取だけで同様の効果を得ようと思うと、たちまち私たちに日々のしかかってくる負担は重くなり、習慣づけることは面倒になってくる。コーヒーだと1日10杯以上も飲まないとならなくなるし、運動の時間も20分どころではなく、うんと増やさなければならなくなってしまうからだ。

 忙しい会社員にぴったりのメタボ予防対策といえるのではないだろうか。


 さらに、健康増進効果を高めるためのコーヒーの飲み方があると岡先生は言う。


「食事のときに相性がいいのは浅煎りコーヒーです。浅煎りコーヒーに多く含まれるクロロゲン酸という成分が食後の急激な血糖値の上昇を抑えてくれるからです」


 目覚めの一杯として相性が良いのも、こちらの浅煎りコーヒーだそうだ。

 一方、夜には深煎りコーヒーが適しているという。


「深く煎ったコーヒーは濃い香りをしており、この香りは副交感神経を刺激してリラックス効果をもたらしてくれます。テーブルに置いた深煎りコーヒーのカップから立ち上る香りを楽しみながらゆっくり飲むと良いでしょう」


 なるほど。


「コーヒーを飲んで、みんなが健康になれるならこんなに良いことはない。これまで病気には良くないというイメージだったコーヒーですが、これからは体に良いコーヒーを自分で選びながら飲んでみてください」


 朝の一杯、食事のときの一杯、寝る前の一杯。

 美味しくて健康にも良い「一杯のコーヒー」。


 自分だけのお気に入りの体に効く一杯を見つけて、美味しくて楽しい健康増進に努めたい。(育)


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岡希太郎

1941年5月6日東京都出身。東京薬科大学名誉教授。
栄養成分ブレンドコーヒー研究家。

臓器移植の薬理学、漢方薬の薬物動態、出生体重と成人病の関係などについて研究した。その経験を活かして、小学生のくすりの教育やコーヒー成分のブレンド法を追究し、予防医学へのくすりの適正使用と食の情報を提供しつつある。

【参考文献】
・ 岡希太郎著 コーヒーの処方箋(第3刷) 医薬経済社(東京) 2008
・ 岡希太郎著 珈琲一杯の薬理学 医薬経済社(東京) 2007