国立がんセンター中央病院 放射線治療部
伊丹 純氏
がん治療の3本柱の一つである「放射線治療」。一部のがんには外科手術、抗がん剤よりも効果がある一方で、手に負えない副作用の可能性や放射線自体に対する潜在的な恐怖感から忌避されることが少なくない——。今回は、そんな放射線治療の基本から治療法、副作用などの実情を論じた、国立がんセンター中央病院放射線治療部の伊丹純部長の講演を紹介する。
テーマは「がん治療における放射線治療の役割」(国立がんセンター中央病院市民公開講演会)。
放射線治療とは、一言で言うと「がんに放射線を当てて治療する」という治療法です。放射線は細胞核のDNAの働きを阻害する——DNAの二重鎖を切断する——効果があります。つまり、放射線を当てることで細胞分裂を止め、がんを治療するわけです。外科手術のようにメスを入れることなく、がんだけをピンポイントで撃退する治療法といえます。
もちろん放射線はがんだけでなく、正常な細胞のDNAの働きも阻害します。ただし、正常細胞とがん細胞では、放射線に対する“感受性”が大きく異なるんですね。放射線を当てた場合、一般に感受性の高いがん細胞が激減する一方で、正常細胞はさほど減らないという状況になります。この感受性の差を利用しているんですね。
放射線治療を行う前には、「どこに放射線を当てるか?」「どんな方法を使うか?」「1回でどれくらいの放射線を当てるか?」「最終的にどのくらいの放射線量にするか?」といった治療計画を決める必要があります。X線やCTを使って体内のがんの部位、放射線を当てる量や角度などを何度もシミュレートして、正常細胞に照射される放射線量を十分に考慮したうえで、治療計画を決定します。
メスを入れず、全身に副作用が出ず、一部のがんでは根治も可能——と、一見、素晴らしいことづくめの治療法に見える。しかし、いうまでもなく放射線治療は万能の治療法ではない。X線撮影の原理にある通り、放射線は体内を透過する。がんだけに放射線を照射することは不可能であり、正常な細胞にも放射線があたってしまうことは避けられない。正常細胞が放射線に弱い(放射線の感受性が高い)場合には、放射線治療を行うことは難しい。例えば、胃がんでは、がんの制御に必要な放射線量を当ててしまうと、胃に穴が開いてしまうという。胃がんや胆道がん、すい臓がん、大腸がんや、すでに遠隔転移しているがんに対しては、放射線治療による根治は難しいそうだ。
放射線を照射するときに問題となってくるのが、「毎日同じ体位で当てることができない」ことと、「生理的な動き(呼吸、血流、体内のガスなど)によりがんの部位が常に動いている」ことです。
1回の放射線治療に掛かる時間は15分ほどですが、このうち実際に放射線を当てている時間は1分以下に過ぎません。残りの時間は全て「患者さんの体位を正確にあわせる」ために使われています。それでも毎日全く同じように合わせることは不可能です。加えて、体内の臓器は、呼吸などにより常に動いているんですね。つまり、がんの部位も呼吸などに合わせて律動しているわけです。
例えば1cm四方のがん細胞にピンポイントで放射線を当てる場合、「正確な体位が確保」できて、「体内でがんの部位が一切動かない」のであれば、1cm四方にだけ放射線を当てれば良く、正常細胞への照射も最小限で済む。しかし、当てる前に正確な体位が確保できず、常にがんの部位が上下左右2cmの範囲で動いているような場合であれば、「がんの部位から4.5〜5cmくらいの範囲に放射線を当てる」ような必要がある。その分、正常細胞への照射も多くなり、副作用の可能性も大きくなるということだ。
もちろん、こうした問題を解決するための手段は数多くあります。図2、図3にあるように、ソフト面、ハード面で様々な工夫が凝らされています。また、照射方法のバリエーションも一つだけではありません。
がんの腫瘍のごく近くに放射線線源を置くことで、腫瘍に集中して放射線を当てる『小線源治療』であれば、呼吸の際の部位移動や体位の位置に関係なく治療効果を得られます。また、前立腺がんや子宮頸がんなどに対して行われる『永久刺入線源』を使った治療では、がんの部位に小線源を挿入します。数ミリのごく小さな小線源を直接がんの部位に挿入することで、がんの内部から放射線を当て治療する方法です。低リスクの前立腺がんであれば、この治療法によってほとんど手術と同じくらいの治療成果を得られます。
ここで話は、放射線治療による副作用である「有害事象」へと踏み込んでいく。一体、放射線照射によって、身体にどのような影響が出てくるのだろうか?
放射線治療の有害事象は、『急性有害事象』と『慢性有害事象』の二つ分けられます。急性有害事象は、主に細胞分裂が盛んな部位に起きる現象です。放射線照射後の最初の細胞分裂の際に発現するのですが、多くの場合、時間経過——その後、正常な細胞分裂を繰り返すこと——や医薬品による治療などで対応できます。
一方、細胞分裂の少ない組織で起きる慢性有害事象には注意が必要です。細胞分裂時に障害が現れる点は急性有害事象と全く同じですが、細胞分裂が少ない組織では、障害の発現が遅れて出てくるんですね。これが脊髄で起きてしまうと、例えば脚が動かなくなったり、肝臓や腎臓で起きると、それぞれ肝不全、腎不全になってしまう可能性があります。
放射線照射によってできた傷は「ずっと残る」という。これを根治するには、正常な細胞分裂を繰り返し、組織(臓器)の細胞全てを一新すれば良いのだろう。しかし、脊髄や肝臓などは細胞分裂が少ないため、事実上、治療することはできないと考えられているようだ。では、こうした有害事象を起こさないためには、どうすれば良いのだろうか?
放射線治療を行う以上、有害事象が“絶対に起きない”とは断言できません。常に一定確率で起きる可能性はあります。
例えば脊髄に放射線治療を行う場合、「もし、5年後に脚が動かなくなる可能性があるなら、最初から治療しなければいい」という見方もあるでしょう。しかし、「全く治療をしなければ腫瘍が大きくなってしまい、数カ月後には確実に神経が断絶。脚が動かなくなる」ことが予見される場合には、有害事象が起きる確率——どのくらいの照射線量で、どの程度のリスクが発生するか——を慎重に検討したうえで、治療を行います。結果、少なくとも「数カ月後に脚が動かなくなる」事態は避けられるでしょう。
その後、慢性有害事象が発現するか否かは、治療時の確率次第という。脊髄や脳、肝臓、腎臓などでの放射線治療は、“副作用”の内容こそ深刻であるものの、発現率は低く、出ない場合には全く出ない。治療効果は言うまでもなく極めて大きい——といえそうだ。もちろん治療前には、しっかりとしたインフォームドコンセントが行われることだろう。
現在は、「身体を全て透過せず、対象部位だけに“寸止め”の形で照射できる」重粒子線や陽子線を活用した治療法もあるという。ただ、これらの治療設備は極めて巨大で、現状では「庭の雑草を刈るのに、斧を使うようなもの」とのこと。将来的には治療機器も小型化し、現状では手の施しようのないがんに対しても、ピンポイントで効果的な治療を行える時代が来るのかもしれない。(有)