社会人野球の聖地である「真夏の東京ドーム」。全国各地の予選を勝ち抜いてきた社会人野球部36チームによるトーナメント戦「第80回都市対抗野球大会」の試合会場である。


 大会5日目となる8月25日、筆者(野球好き。四半世紀来の落合ファン)と記者(高校まで野球部員。松坂世代)は、医薬品業界で唯一大会に参加している日本新薬硬式野球部を応援すべく、この地に降り立った。



筆者「ちょっと早かったかな」


記者「いや結構待っている人いますよ」


 10時前にも関わらずテントが建てられ、客が並んでいる。日本新薬の関係者は、紺色のTシャツを着て客を案内していた。


 広報部長に案内してもらった席は、一塁側スタンド最前列という最高の席。東京ドームは札幌ドームや名古屋ドームと違い、内野席とグラウンドの距離がとても近い。少し目を凝らせばピッチャーの握りすら見分けられるほどだ。これまで数知れず野球観戦してきたが、ここまで良い席——プロ野球観戦の場合は年間指定席で、ヤフーオークションで競り落とせば数万円掛かる——で見るのは初めてのことだ。


 興奮冷めやらぬ筆者と記者に、広報部長から声がかかる。どうやら鈴鹿博次・硬式野球部部長に話が聞けるらしい。警備員が立哨する関係者出入口を抜け、エレベータで地下2階に向かう。ベンチへ続く緑色の通路は、巨人の原監督が試合後インタビューに応じる場所でもある。テレビで見た“アノ場所”を歩いていると、柄にもなくミーハーな気分になってしまった。


 「ここ3年は一回戦負け。しかも昨年、一昨年はサヨナラ負けと悔しい思いをしています。今年は是非とも勝ちたい。初戦突破を目指しますよ」と鈴鹿部長。「初戦の右ピッチャー、出てくるでしょうか?」との問いに、「5回で降板したでしょ? 出てきたら怖いね」とも。三菱重工長崎は1回戦の王子製紙戦に右のエース宇土投手(140km/h超の本格派)を起用した。5回1安打無失点という完璧なピッチングを見せた宇土投手は、クリンアップより先に右打者を並べる日本新薬にとって、確かにやっかいな相手だろう。


 席に戻った頃、日本新薬の試合前練習が始まる。めいめいが軽めのノックとキャッチボールをしているが、さすがに高校野球とは動きが違う。一つ一つの動作に無駄がない。印象に残ったのはセンターの肩。深い位置からホームまで低い軌道でのストライク送球だ。ホームベース手前でワンバウンドしたが、本番でもこの送球が来るのであれば、得点圏から易々とホームインを許すことはなさそうだ。


【試合前練習】


 ただ、試合前練習の動き自体は、三菱重工長崎の方が良く見えた。とりわけ内野の連携がシャープに感じられる。ここらへんは試合勘の差が出ているのかも知れない。「立ち上がりに不安がなければいいけど」と感じつつ、ウグイス嬢が読み上げるスターティングオーダーをメモする。両チームのスタメンは以下の通り(以下、敬称略)。


三菱重工長崎        日本新薬


(遊)久米           (左)松本◆
(二)石井◆          (右)森川◆
(三)鈴木           (一)箸尾谷
(左)川本           (指)藤谷
(指)伊藤大◆         (捕)堂前
(一)野口           (中)小林
(右)掘◆           (遊)保田
(捕)中野           (三)釜谷
(中)池田◆            (二)高橋
(投)有垣                     (投)滝谷


*名前横の◆は左打者


 日本新薬は1〜5番まで不動のオーダー。先発は新人左腕の滝谷。今年のドラフト候補とのこと。スリークォーター気味のフォームからキレの良いストレートを投げ込んでいる。


 一方、三菱重工長崎は初戦より少しだけオーダーを変えてきた。並べて見るとジグザグに近い打線を組み、左右どちらのピッチャーにも対応できるようにしてきた感がある。先発は左腕の有垣。右打者の並ぶ日本新薬にとっては歓迎すべき相手にみえるが、これが後でとんでもない間違いであることに気づく。


 それにしても日本新薬の応援は強力だ。選手が読み上げられるたびに太鼓と拍手が鳴り響く。ここまでは三菱重工長崎(スタメン発表時にノーリアクションだった)に圧勝している。


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【試合前、一礼するチーム】


【始球式】


<両左腕の好投 静かな立ち上がり>


 少年野球チームの選手による始球式を経て試合開始。先発の滝谷は、久米を三球でライトフライに料理した後、石井、鈴木に対してストライク先行の投球。三者凡退に討ち取る。上々の立ち上がりだ。


 一方、有垣は先頭の松本にいきなりの四球。望外のチャンスを迎え、ブラスバンドが「狙い撃ち」を奏でる。


 ここで日本新薬ベンチは森川に強攻を指示するもあえなく併殺。立ち上がりに苦しんでいる有垣を助ける結果となってしまった。それでも日本新薬の応援団はめげない。三番、箸尾谷にエールを送る。


 箸尾谷は、JABA岡山大会で首位打者(11打数6安打。打率.545)、直近のJABA高山大会で3試合連続ホームランを打つほどの強打者。ちなみに上宮太子高校では、強打の捕手としてジャイアンツの亀井義行とバッテリーを組んでいた(当時は3番亀井、4番箸尾谷)。


 バットが一閃。強烈なライナーをサードが弾く間に出塁(記録はサードエラー)するも、盗塁失敗。好機を活かせず文字通りの拙攻となってしまった。ただ、先発の有垣は変化球がことごとく決まらず、明らかに苦しんでいた。早い回で攻略して欲しいものだ。


<技ありの下位打線 三菱重工長崎が先制>


 2回は両チームとも三者凡退。試合が動いたのは3回表だった。


 初戦で2安打2打点と好調の堀が、滝谷の2球目を左中間に運ぶツーベースヒット。中野は送りバント失敗となるものの、池田はサードの守備位置を見計らって、その前に転がすセーフティバント。1アウト1-3塁となったところで久米に犠牲フライを打たれ1失点。続く石井をライトフライに討ち取ってこの回を終えたが、久米、石井のフライはライナーに近い弾道。同行した記者と「二巡目でタイミングを合わせてきたかもね」と話し合う。


 3回裏、日本新薬は三者凡退に終わった。有垣はボール先行の苦しいピッチングだが、終わって見れば一巡目をパーフェクトで凌いだ。4回以降は変化球が決まりだし、本来の持ち味であろう緩急をつけたピッチング(130km/h中盤のストレートと110km/h中盤の変化球)が冴え渡ってきた。一方の滝谷も好投を続けるが、5回、野口にソロホームランを浴びる。続く堀を三振に斬ったところで、田中にマウンドを譲った。


 右サイドスローから力のあるストレートを投げ込む田中は、投手陣最年長の31歳。日本新薬を支えてきたエースだ。かわりばなで中野にセンター前ヒットを打たれるものの、しっかりと後続を抑えイヤな流れを断ち切った。


<あきらめたら試合終了? 3点差に意気消沈>


 田中は、続く6回もレフトのエラーで出塁を許すも4者凡退で切り抜けた。しかし、7回、またも野口に三遊間を抜くヒットを打たれ、池田のタイムリー(セカンドがボールをこぼす不運な当たり)により失点。ここまでで三点差に広げられてしまう。


筆者「これはもうダメかもわからんね」


記者「三点差ですからね。向こうの先発も完全に立ち直ってますよね」


筆者「カープの下位打線なら抑え込みそうなピッチングだもんね」


記者「あとクリンアップの攻撃もちょっと淡白にみえませんか?」


 ついつい弱気になり、同行した記者と愚痴をこぼしあうが、それでも日本新薬の応援団は元気だ。「狙い撃ち」「コンバットマーチ」「劇場版999のテーマ」にあわせ、メガホンとうちわを振り回し声を上げる。この応援が選手に勇気を与えて欲しいものだ。



【日本新薬の熱烈な応援】


<これぞクリンアップ! スリーランで同点>


応援団と一塁側観客による日本新薬社歌の合唱がドームに鳴り響くなか始まった7回裏。先頭の森川が四球で出塁する。ここで三菱重工長崎ベンチは有垣から右サイドスローの幸松へとスイッチ、逃げ切りを図る。


筆者「こりゃチャンスかも知れないね。あの左腕にはタイミング合ってなかったから」


記者「このランナーは大事にしたいですよね」


箸尾谷はライトフライに倒れるが、続く藤谷がデッドボールで出塁。ノーヒットながら1アウト1-2塁のチャンスを迎え、バッターは5番堂前。


 変化球2球が続いた後の3球目、ストレートをフルスイグ!
打球はあっという間にレフトスタンド前列に飛び込んだ。


 うぉぉぉぉぉ! 一塁側スタンドに轟く怒号。客も応援団も大騒ぎ。もちろん筆者も記者も雄たけびを上げた。試合を振り出しに戻すスリーランホームラン。文字通り、値千金の一発という奴だ。


 前に座っていた広報部長が振り返る。


「彼、広報部なんですよ。壮行試合でもホームラン打ってたんですよ!」


 誰も彼も幸せな気持ちにしてしまう、これ以上ない笑顔だ。


【ホームラン! 堂前選手】


 リリーフした田中は8回を三者凡退、9回もヒット、四球を許しながらも0点に抑える。130km/h後半を記録するストレートを軸に力で押さえ込むピッチングに、思わず拳を握り締めてしまう。


<運命の最終回 ドラマの主役は彼だった!>


 迎える最終回。打順は2番から始まる上位打線。ここでサヨナラ勝ちを決めて欲しい。


 森川のレフトフライの後、打席に立つは箸尾谷。ここまでサードエラーでの出塁しか果たしていなかった大砲が火を噴く。左中間を抜くツーベースヒット! 自らサヨナラのランナーとして得点圏に立った。続くは不動の4番藤谷。しかし、幸松の前に三振に倒れてしまいランナーを進められない。


 2アウト2塁。一打サヨナラの局面が続くなか、バッターボックスに現れた堂前。試合を振り出しに戻したヒーローが、サヨナラのヒーローになるのか?


 ストライク、ファールでカウントはツーナッシング。早くも追い込まれてしまった。


「これでお終いか?」


 誰もがそう思った3球目。打球は右方向にポーンと上がっていく。


「これはライト前……間に合わない!」


 思わず立ち上がる。後ろの少年野球チームの面々も社員も観客も、みんな立ち上がっていたことだろう。


 セカンドランナーの箸尾谷は躊躇無く3塁を蹴った。ライトはようやくホームへ投げるが、その送球は高めに抜けてしまっていた。


 一塁ベンチから選手が飛び出し、箸尾谷を迎える。サヨナラだ!


4年ぶりの初戦突破。昨年、一昨年のサヨナラ負けという悪夢を振り払う劇的な勝利だった。



【サヨナラでベンチを飛び出す選手たち】


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「なんて言ったらいいのか……みなさんとドームで戦えるのが嬉しい」
インタビューに涙声で答える田村秀生監督。周りの声援が凄く、正直、インタビューはほとんど聞き取れなかった。毎日新聞によると、「感動している。皆がフルスイングを心がけており、堂前は打ちそうな感じがした。滝谷、田中の好投も大きかった」と話していたらしい。



【監督インタビュー】


 それにしても良い試合だった。このような素晴らしい試合をしてくれた日本新薬硬式野球部、そして最高の席を用意してくれた同社広報部に改めて感謝したい。


 日本新薬は3回戦でトヨタ自動車に敗退。残念ながらベスト8進出はならなかった。80回大会の黒獅子旗を獲得したのはHonda(狭山市代表)。トヨタ自動車(豊田市代表)との決勝戦を4-2で制した。筑川の力投、長野の打棒が光った。


 甲子園ともプロ野球とも違うアットホームな応援に包まれながら、プロ顔負けのハイレベルな野球を堪能できる——これこそが都市対抗野球の醍醐味だ。


 外野守備では残念な場面が散見されたものの、内野守備の安定感は抜群(8回表、高橋に代わって守りについた山本のゴロ捌きは素晴らしかった)。高校野球、独立リーグとは一味も二味も違うプレー振りは、厳しい地区予選を勝ち抜いてきた精鋭チームならではのものだろう。


「野球中継がやっていたら、とりあえずチャンネルを合わせてしまう」


「夏といえば冷やし中華より甲子園」


 というくらいの野球ファンであれば、必ず楽しめるはず。来年の夏は、社会人の聖地・東京ドームに足を運んでみてはいかがだろうか?