東北大学
名誉教授
本郷道夫氏


 GERDとは何か? と、いきなり問われても、これに即答できる人は、医薬品業界でも案外少ないのではないだろうか。このGERDとは『Gastro-esophagear Reflux disease』の略語で、日本語に訳すと『胃食道性逆流症』となる。筆者にとっては『逆流性食道炎』の方が馴染み深いが、GERDは『逆流性食道炎』を含む、「胃から何かが逆流すること」全てを包含した症状といえよう。実際、英語の病名を直訳するなら、「disease=病気」であって症状ではないのだが、様々な病態を包含しているため、日本語訳では“症”としているそうだ。


 今回取材したテーマは、このGERDの記者セミナー。演題は『GERDの適切な診療にむけたコミュニケーション』(東北大学・本郷道夫名誉教授)。


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 GERDとはいったいどのような病気なのか? 2006年に定義された『モントリオール合意』では、「胃内容物の食道内逆流によって、不快な症状あるいは合併症を起こした状態を指す」としています。もう少し具体的に見ていくと、定型的逆流症候群や食道炎、食道腺がんなどの『食道内症候群』と、食道内逆流により引き起こされる喘息、う歯、喉頭炎などの『食道外症候群』に分類されます。


 つまり、「胃から食べ物や胃酸が逆流して気持ち悪くなった」という症状に留まらず、がんや喘息などの原因ともなり得る“病気”なんですね。現時点でGERDの関連が推測されている症状としては、副鼻腔炎、特発性肺繊維症、反復性中耳炎などもあり、実に多くの疾病の引き金となっていることが考えられています。


 日本におけるGERDの発見頻度(内視鏡検査受診者における有病率)は、70年代こそ5%未満でしたが、95年には20%弱、05年には20%強まで増加しています。これは私見ですが、GERDの有病率は経済規模の多寡と相関性があるようで、発展途上国においては少ないものの、先進国では一貫して増えてきています。恐らくは経済規模の拡大により国民の摂取カロリーが増え、これと比例するように肥満者や高齢者が増えた結果、有病率が上がるものと思われます。

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「そもそも発展途上国では内視鏡検査を行う環境が整備されていないのでは?」と、思ったが、有病率の調査は「内視鏡受診者」を対象に行なっているため、調査対象の分母こそ少なく精度が粗くなる可能性こそあるものの、有病率の多寡には一切関係ない。本郷名誉教授の見立てには、一定の説得力があるように思える。


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 胃内容物が食道に逆流するという症状は、腹圧が高いことにより引き起こされます。では、どのような場合に腹圧が高まるのかといえば、「肥満により内蔵脂肪が増え、胃が圧迫される場合」であり、「腰が曲がり前傾姿勢が続くことで、胃が圧迫される場合」です。だからこそGERDの患者には、中年太りの男性や腰の曲がった高齢者などの中高年が多く、とりわけ肥満や骨粗しょう症の方に多いわけです。


 実際、内視鏡検査受検者中の食道炎の発見頻度と肥満の関係(MOKI F, et al. APT2007 ; 26 : 1069-1075)について見ると、BMI(=ボディマス指数。多いほど肥満している)18.4までの群と18.5〜24.9までの群では、食道炎の発見頻度が2%強に留まっている一方で、25.0〜29.9の群では6%、30以上の群では8%弱と、3〜4倍近く増えています。この傾向は骨粗しょう症でも同じように見られます。


 ですから今日では、「肥満者や骨粗しょう症患者はGERDになりやすい」ということが常識であるといっても過言ではないのです。

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 お腹が圧迫された結果、胃から未消化の食べ物や胃酸が逆流して、胸焼けを起こす——いわれてみれば、実に単純でわかりやすいプロセスだ。実際、GERDは患者の見た目と症状と治療反応で予測ができるという。例えば、胸焼けを初めとするGERDの症状の疑いがある患者の場合——


①:外見が肥満もしくは亀背(腰曲がり)の中年以上か否か
②:食後、夜間横臥、前屈作業時に症状が出るか否か
③PPI(プロトンポンプインヒビター)で症状が改善するか否か


——という3つのポイントについて見るだけで、GERDか否かを予測できるとのこと。言葉を換えれば「中年以上で肥満体型の人であれば、ダイエットを敢行するだけで症状を改善できる可能性がある」ともいえる。


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 GERDの診断について、いくつか具体的なケースを挙げていきましょう(以下、全て仮名)。


●春子さん(30代女性):主訴は「1年ほど前から時々胸が苦しくなる」というもの。各種検査には問題なかったため、臨床診断は「内視鏡陰性GERDの非定型症状」でした。診断に基づいてPPI常用量を処方したものの、胸痛は時々出ていました。某日、胸痛のため緊急受診。幸い心電図異常はなかったものの、たまたま私が診察し、症状を再確認した結果、「パニック症状」と診断しました。


 なぜ、診断が簡単に覆ったのかといえば、「体型がGERDらしくない」「症状がGERDらしくない」「PPIが効かない」という3つのポイントを見たためです。


●細井さん(60代男性):主訴は「1年ほど前から時々せきとたんが出る」というもの。各種検査には問題なかったため、臨床診断は「内視鏡陰性GERDの非定型症状」でした。同じようにPPI常用量を処方したものの、症状は出続け微熱が出ることもありました。某日、GERDによる慢性咳嗽として私の外来を紹介受診。症状の再確認から「慢性閉塞性肺疾患」と診断しました。


 これも春子さんのケースと同じように、体型が細く、症状がGERDとは異なり、PPIが効かなかったため、診断が覆ったケースです。


 このように外見、症状、PPIの効果——という3点こそが、GERDを適切に診断する大きなポイントであるということは、繰り返し強調したいところです。

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 ここで注目すべきは「PPIがGERDの症状改善に大きな効果がある」ということ。PPIといえば、「効果の高い胃薬」「ピロリ菌除菌の薬」といったイメージが強いが、GERDに対しては、日本消化器病学会の『GERD診療ガイドライン』において、治療を行う際の第一選択薬に指定されている。


 ただし、投与が長期間に及ぶ場合には、胃に無酸状態を引き起こすことで、胃内環境が変化。消化吸収への影響に留まらず、細菌や壁細胞への影響、高ガストリン血症の発症などが懸念されている。効果があるとっても、濫用には注意する必要があるということだろう。


 結局のところ、GERDをいかに正確に早く診断できる否かが重要であり、そのためには「ドクターと患者との良好なコミュニケーションに加え、ドクターには適切な観察力が必要」(本郷名誉教授)という。


 恒常的に胃からモノが逆流するようになってしまうと、胃酸により歯が欠け、肺に入ったモノが肺炎の原因となり、傷んだ食道にがんができる——という厄介な症状だけに、中年太りが気になりだした頃に、恒常的に胸焼け、吐き気、胃痛などを感じるようになったら、ダイエット敢行とともにPPIの処方を求めて受診することも視野に入れておく必要がありそうだ(有)。