帝京大学病院
泌尿器科教授
堀江 重郎氏


 小林製薬のプレスセミナーで、帝京大学病院泌尿器科の堀江重郎教授が演述した。演題は「男性の健康とEDの新しい視点」で、EDと各種疾患の関連性、さらにはその対策について詳細に説明した。


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 EDには2種類ある。Electile Dysfunction(勃起機能の障害)とEndothelial Dysfunction(血管内皮の障害)である。EDの推定患者数は1130万人。年代別の有病率は40代20%、50代40%、60代60%と推計されている。ただし2種類あるEDのどちらが何%かという比率が分明でない。これらの数字はいずれも少なめに見積もられていて、30代で増加傾向にあることは確かである。以前は公やけの場所でEDはあまり語られなかったが、ここ数年は変わってきて、結構論じられるようになった。

 

 勃起機能の障害は、生命の存続そのものには直接関係がないが、悩みとしては深刻な場合がある。まず性行為の満足感が少なくなる(生活の質の疾患であり、不眠、耳鳴り、老眼、排尿障害、腰痛などを伴う)。そして背景に医学的な原因があると思われる。器質的なEDは、糖尿病、脳梗塞の後、血管障害など基礎疾患がすでにはっきりしている。もう1つ心因性が問題とされていたが、これは一時的なもので、健康とは直接関係ないといえる。米国での調査だが、ED患者27万人の原因は高血圧42%、脂質代謝異常42%、糖尿病20%、うつ病11%という結果が出ている。このことからEDは、生活習慣病発見の手がかりになるといえる。

 

 血管内皮細胞の障害はどうして起こるのか。


①酸化ストレスや炎症で、損傷を受ける。


②タバコ、高コレステロール血症、糖尿病、抗がん剤、虚血により内因性NO(一酸化窒素)合成酵素(NOS)阻害物質が産生される

 

——ことが原因として考えられる。そしてEDは、動脈硬化で生じる最初の血管病である。

 

 ヒトは加齢によって諸機能が衰えていく。これを老化と表現しているが、そのメカニズムは老化のプログラム、つまりテロメアの支配によるものとの説がある。染色体の先端にある塩基配列(テロメア)は、細胞分裂のたびに短くなり、最後には分裂できず、老化する。テロメアが固体の寿命を規定しているというのである。

 

 この説によるとヒトは120年は生きられるはずである。日本の徳之島の泉重千代さんは120歳、フランスのジャンヌ・カルマンさん(女性)は122歳の長命であった。しかしほとんどはヒトはそこまで生きていられない。テロメアの長さから保障された固体の寿命(120年)に到達しないで老化し、疾患に罹り、死を迎えるのが大半である。何かがプログラムされた寿命を修飾している。いや侵食しているといったほうが当たっているかもしれない。それが酸化ストレス、つまりフリーラジカル説である。

 

 この酸化ストレスが生活習慣病を起こす。まず体内でのエネルギー代謝により、活性酸素が出現する。しかし、抗酸化物で活性酸素は分解される。酸化ストレスが高まる病態は、糖尿病、高血圧、脂質代謝異常である。抗酸化物が少ないと、活性酸素はDNAやミトコンドリアを傷つける。DNAの損傷で癌になり、ミトコンドリアの損傷で老化が進み、血管、神経、筋肉の細胞の傷害で生活習慣病になってしまう。

 

 酸化ストレスの主な原因は次のようである。

 

①交感神経の持続的な興奮(緊張状態の持続)


②高血糖


③肥満


④高血圧


⑤テストステロン(男性ホルモン)の減少


⑥睡眠時無呼吸症候群。

 

 勃起は、副交感神経の興奮で起こる。リラックス状態であることが何よりも大事である。なのに交感神経優位の状態がヒトの体で持続すると、次のような結果になってしまう。


①ストレスがすぐに解消されない場合、交感神経優位の状態が生体で持続する


②副腎からはステロイドホルモンが過剰に分泌される


③インシュリンの作用がブロックされ、血糖値が高くなり、糖尿病が起こりやすくなる


④交感神経系が優位では十分な睡眠がとれない


⑤高血圧や糖尿病などの生活習慣病に陥りやすい


⑥EDになりやすい。

 

 一酸化窒素(NO)が減ると、うつ病になる恐れが出てくるし、記憶力の低下も来たすことになる。ではその生理作用はというと次のようである。


 脳神経系=①神経シナプスの興奮伝達を調節②神経シナプスの可逆性への関与。


 循環系=①血管を拡張する②血流を増加する③血圧を下げる④動脈硬化を防ぐ。


 その他=①血管を弛緩する②胃壁を守る③腎臓の利尿活動を助ける④腸の運動を調節する⑤陰茎勃起作用。

 

 NO(Nitric Oxide)は血管、筋肉を弛緩させる動きがあり、減少すると生活習慣病をひき起こす恐れが出てくる。

 

 さて、問題の酸化ストレスは減らすことができるのか?カロリーを摂取すると、ミトコンドリアでフリーラジカルが産生することがわかっている。

 

 ではカロリーを減らせばいいのか、ということになる。サル、ネズミなどの動物実験で、カロリーを制限することによって長寿になることが判明している。貧しい食事のネズミのほうが長生きであった。カロリーを制限するとサートワン(SIRT1)遺伝子が発現し、内分泌環境を変化させ(改善)、P53遺伝子の発現(悪化)を阻害することがわかった。そこでさまざまな分子、食品機能因子を、サートワンを上げるかどうかスクリーニングした。結果、ポリフェノールがサートワンを活性化することが明らかになった。ブドウの皮と実の間に「レスベラトロール」という物質があり、これがサートワンを活性化する。レスベラトロールは、赤ワインに多く含まれている。

 

 ポリフェノール(ケルセチン、ゴマリグナン、イソフラボン、サポニン、アントシアニン、クルクミン)や、ビタミンEなどの抗酸化効果がある物質を含む食品を列挙すると、次のようである。

 

 レタス、ブロッコリー、りんご(果実・果皮)、いちご、たまねぎ、そば、緑茶、赤ワイン、れんこん、プラム、ざくろ、紫キャベツ、ごま、小豆、こんにゃく、おから、納豆、みそ、豆乳、豆腐、へちま、黒豆、枝豆、桑の葉、さつまいも、アメリカンチェリー、ブルーベリーなどのベリー類、なす、もも、しょうが、ウコン、アボガド。


 男性ホルモンであるテストステロンは、男性では精巣(睾丸)と副腎で作られる。女性では女性ホルモン(エストロゲン)から変化するか、脂肪や副腎から作られる。


 テストステロンは


①冒険のホルモン(狩猟、旅、新しいことへのチャレンジ)


②社会性のホルモン(仲間、家族、他人とのかかわり、縄張り)


③競争のホルモン(ゲーム=麻雀、囲碁、将棋)、スポーツ、仕事などでの達成感や順位。また筋力、骨量を保つ、精神活動の活性化、NOを供給し、動脈硬化を予防し、酸化ストレスを下げ、細胞の老化と癌化を防ぐ、といいう働きもしている。

 

 女性ホルモンのエストロゲンは、女性では卵巣で作られる。男性ではテストステロンから作られる。閉経後の女性では、テストステロンから作られる。


 エストロゲンは


①社会性(巣作り、コミュニケーション、サポートチーム)


②多機能性(おさんどん、仕事、子育てを同時進行させる)


③言語能力(言葉が達者!)


④愛情・博愛(利他の行動、思いやりがある)。

 

 テストステロンの減少は、脳梗塞、心筋梗塞、糖尿病などを多発させるメタボリックシンドロームと密接なかかわりがある。高齢者では男女ともに、テストステロンの多いほうが長生きするという調査結果が明らかになっている。そこでいえるのは「テストステロンは、長寿のバイオマーカーの可能性が高い」ということである。(寿)