昨秋、ある政治家主催の後発医薬品の勉強会に参加した。一通りの講演が終わり、フロアからの意見交換をしていた時、後発医薬品メーカーのトップとおぼしき人物の口から信じられない発言が飛び出したのだ。
「生活保護の人は、『(自分が使う薬を選べるのは)権利なのだから新薬をよこせ』とごねるケースが多々ある。でも、これからは『生活保護なんだからジェネリックですよ』というような判断をしていかないと、どんどん生活保護費が垂れ流されていく」
このトップは憲法で保障されている基本的人権の意味をご存じないようだ。言葉の端々ににじむ生活保護受給者への無理解な発言を、公の場で不用意に言ってのける見識は推して知るべしだが、その発言が後発医薬品市場にもたらす影響への認識も薄いように感じられる。
リーマンショックによる雇用の悪化、東日本大震災の影響などで、2008年以降、生活保護受給者は年々増加する一方だ。今年1月の受給者数は215万3642人で、昨年の支給総額は約3.7兆円になると見込まれている。
増え続ける生活保護費を削減するために、国は不正受給対策の強化、保護費の引下げなどをうちだしており、対策のひとつに挙げられているのが後発医薬品の使用強化だ。
2010年度の生活保護費3兆3296億円のうち、最も多いのが医療扶助と呼ばれる医療費だ。保護費全体の47%を占める1兆5701億円が医療費に使われており、そのうち薬剤費は2300億円程度と推計される。
ところが、生活保護受給者の後発医薬品の使用は、健康保険加入者に比べると低い水準にとどまっている。2011年6月時点の厚生労働省の調査では、健康保険加入者の後発医薬品の使用割合は数量ベースで23.1%、金額ベースで8.4%なのに対して、生活保護受給者は数量ベースで20.9%、金額ベースで7.5%となっている。
医療費削減のために国をあげて後発医薬品の推進が叫ばれている中で、こうした生活保護受給者の医薬品の利用方法には批判の声が上がっている。「生活保護受給者は、医療費がタダだから高い先発薬を使いたがるのだ」と。保護費の不正受給や無駄遣いが注目を浴びていることもあり、医師が使用を認めた場合は、生活保護受給者への処方は後発医薬品が原則にすることなどが打ち出されていた。
もしも原則化になれば、一時的には市場にもプラスの影響が出るかもしれない。しかし、医療扶助の市場規模はいかんせん小さ過ぎる。
先のデータをもとに考えると、生活保護受給者の薬剤費2300億円のうち、後発医薬品の使用料は約170億円(金額ベース7.5%)だ。これが、健康保険加入者と同じ8.4%に引き上げられたとしても、約190億円。わずか20億円増えるだけだ。使用が飛躍的に伸びて金額ベースで30%になったとしても690億円で、現状より520億円しか増えない。これは日本の総薬剤費約8兆円の1%にも満たない金額だ。
これでは後発医薬品市場の底上げは難しい。それどころか、生活保護受給者に後発医薬品の使用を強制することは、「ジェネリックは貧しい人が懲罰的に使う薬」という間違った認識を国民に植えつけることになる。そうなれば、後発医薬品の利用は一般に広がらず、ジェネリック市場は失速の憂き目にあうのではないだろうか。
医療扶助費という小さすぎる経済効果を求めて、約8兆円の国民全体の薬剤市場を失うのは実に惜しいことだ。後発医薬品市場全体を底上げするには、「ジェネリックは生活保護受給者が使えばいい」といった狭い議論を超え、お金のあるなしに関わらず、国民全体が積極的に使える魅力ある商品作りをしていくことが重要だ。そのためには、これまで以上に品質管理や安定供給の体制を整え、医師や患者たちに地道に訴えていくしかないだろう。
※数値を一部修正して再送しました(8日 13時)。
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早川 幸子(はやかわ ゆきこ)
1968年千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。フリーライター。編集プロダクションを経て、99年に独立。これまでに女性週刊誌などに医療や節約の記事を、日本経済新聞に社会保障の記事を寄稿。現在、朝日新聞be土曜版で「お金のミカタ」、ダイヤモンド・オンラインで「知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴」を連載中。2008年から、ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓さんと「日本の医療を守る市民の会」を主宰している。