健康とおいしさを両立したコーヒー「ヘルシアコーヒー」


・今まではいていたパンツが最近きつくなってきた
・体重が増えてしまった
・血圧が高めである


 こんな症状が気になるサラリーマンたちに朗報だ。

 1日1本の缶コーヒーで、こうした悩みを解消することができるかもしれないというのである。このメタボリックシンドロームに頭を悩ませているサラリーマンの強い味方になってくれるのは、2013年4月に発売されたトクホ「ヘルシアコーヒー」だ。


 メタボを予防してくれる秘密は、コーヒーに含まれている「コーヒークロロゲン酸」という成分にある。このあまり耳慣れないコーヒークロロゲン酸はポリフェノールの一種で、「血圧改善」「体脂肪減少」「体重減少」などの効果がヒトで確認された成分だ。どんなコーヒー豆にも含まれている。


 そういうと、ヘルシアコーヒーではなく、普通のコーヒーを飲めば良いのではないかと思うかもしれないが、そうはいかない理由がある。


 コーヒーを作るときは、香りとコクを与えるために焙煎が必要だが、この焙煎の過程において、体に良い成分であるコーヒークロロゲン酸は著しく減少してしまうのである。さらに、焙煎を深めることによってコーヒークロロゲン酸の働きが弱められ、雑味のもとになる酸化成分ヒドロキシヒドロキノン(HHQ)も産生されてしまう。


 一般的においしいといわれるコーヒーは、豆種が、アラビカ種、焙煎が、深煎りといわれている。豆の品種と焙煎の絶妙なバランスによって、気高い香りと深みのある味わいが成立しているのだ。しかし、コーヒークロロゲン酸を多く含むコーヒーにするためには、豆種・ロブスタ種を使い、“浅煎り”にする必要がある。言ってみれば、おいしくないコーヒーを作ることになる。


 つまり、コーヒークロロゲン酸の働きとコーヒーの豊かな風味を両立させることは、普通のコーヒーでは難しいというわけだ。

 焙煎と豆種によって左右されるコーヒークロロゲン酸の効果とおいしさ。この関係を明らかにし、機能と味を両立させたのがヘルシアコーヒーだ。はたして、研究者たちはどのようにして問題に立ち向かい、解決してきたのだろうか。



クロロゲン酸との出会い


 機能と味を兼ねそろえた“トクホ”が2000年頃より注目されはじめた。


 毎日口にする食品でありながら体にも良いというコンセプトが人々に広く受け入れられたためだ。


 花王株式会社でも“トクホ”に注目し、ヒューマンヘルスケア研究センターの渡辺卓也さんも研究員の一人としてトクホの研究に乗り出すことになった。


 とはいうものの、世の中には研究しつくせないほど数多の食品がある。果たして世の中の研究者たちはどのようにして目当ての成分を見つけ出しているのだろうか。


 当然、やみくもに色々な食品をかき集めて成分を分析しているわけではない。


「一般的には、めぼしい有効成分の化学構造式の骨格を見て、その骨格に類似した別の成分を探索していくという手法をとります」


 と渡辺さん。

 化学構造式が似ていると、体の中での働きも似てくる可能性があるためだ。


 コーヒークロロゲン酸も、こうした探索を通して見つけ出したという。


「私たちが当初着目していたのは、米ぬかに含まれている脂溶性の成分γ-オリザノールです。γ-オリザノールは体の中で代謝されてフェルラ酸を生成し、このフェルラ酸が降圧作用をもたらすことに注目しました」


 しかし、フェルラ酸は時間が経つとフェノール臭という不快な臭いを放ち、安定性にも欠け、食品に加えるには問題があった。そこで渡辺さんたちは、フェルラ酸の化学構造式をヒントに、安定性に優れた食品成分がないか探索した。膨大な文献検索の末に出会ったのがコーヒークロロゲン酸である。


 コーヒークロロゲン酸には降圧作用のほかに、脂肪を燃焼しやすくする作用があるうえ、身近な食品“コーヒー”に含まれている成分だということが分かった。


 トクホを開発するにあたり、どの食品に健康に役立つ機能を持たせるかという課題も、コーヒークロロゲン酸との出会いによって、自然にクリアされることとなった。


 こうして、おいしくて体に良い、毎日続けられるトクホ“ヘルシアコーヒー”商品化に向けての本格的な研究が始まった。


引き算の発想で、コーヒーに機能性を持たせたユニークな研究


 コーヒーには健康に良いとされる作用があることがこれまでにも報告されてきたが、コーヒーに含まれるどの成分が、どのような薬理作用を有するのかということにまで言及した研究はあまり多くなかった。


 コーヒークロロゲン酸についても同様で、コーヒークロロゲン酸を単離し、その薬効・薬理について研究した論文はなかったという。


 そこで渡辺さんたちがヘルシアコーヒー商品化に向けてまず行ったことは、コーヒークロロゲン酸が持つ薬効・薬理を明らかにすることだった。
 この研究から、コーヒーを飲んで健康を維持できるコーヒークロロゲン酸の含有量が割り出せるようになり、研究は次のステップへ移った。


 商品として売り出すために、適正なコーヒークロロゲン酸を含むコーヒーを、工場で大量生産する方法を見つけ出す研究だ。この結果開発されたのが、“ナノトラップ製法”だ。コーヒーの酸化成分・雑味成分を低減する吸着濾過技術を用いた花王株式会社独自の技術である。


「このようにコーヒーに多数含まれる化合物からひとつの成分に着目し、その有効性を発揮させるようなコーヒーを作ろうと試み、成功させたのは、私たちが初めてです。体に良い成分を食品に加えるという発想はよくありますし、これまでにも数多く行われてきました。私たちが行ったのはそうではなく、コーヒーが元来持っている良い成分を際立たせるために、他の邪魔になる成分を削り落としていくということ。この発想が珍しかったのです」


 新しい視点を取り入れて研究を続けたことが成功の秘訣だったようだ。


 また、このユニークな研究に対する反響は大きく、やりがいを感じていると渡辺さんは言う。


「基礎研究から現在に至るまで、研究の成果を発信し続けてきたことで、それを見てくれている世界中の研究者たちから様々な情報が入ってくるようになりました。世界の研究者たちとのつながりが出来、活発な情報交換を行えるようになったことは、ヘルシアコーヒーを製品化へ導いたことに加え、研究を通して得られた大きな成果のひとつです」


 こうしてコーヒークロロゲン酸の機能を発揮させるコーヒーを作ることには成功したが、これはまだ“ヘルシアコーヒー”完成への第一ステップであった。


 この時点で出来上がったコーヒーは、「体に良い成分を含んだ、ただの茶色い苦い水」で、コーヒーとはほど遠い飲み物だったのだ。


5,000種類にもおよぶ試作品を試飲


「目指したのは上手に淹れたドリップコーヒーの味です」



 2006年、渡辺さんらの研究により、健康に良い機能を保ったコーヒーを生産するための技術の開発には成功したものの、商品化するには“味”という大きな問題が残されていた。


「機能性成分を制御すると、同時に味や香りまで取り除かれてしまいました。出来上がったのはただの茶色い苦い水で、とてもコーヒーと呼べるものではありませんでした」


 そう語るのは同研究センターの土門さや香さんだ。


「味を改良するために検討するポイントは3つ、①豆の選別・ブレンド、②焙煎、③ナノトラップ製法です。これら3つをうまく組み合わせて、飲んだときに鼻からふわりと香りが抜けるような、淹れたてのコーヒーの味を目指しました」


 土門さんは、プライベートな時間を充てて有名なカフェや喫茶店のコーヒーを飲み歩いたり、珍しい産地の豆があると聞けばすぐさま飛んで行ったり、数々のコーヒーを味わったという。


 このように研究熱心な土門さんだが、


「研究をはじめるまではおいしいコーヒーに出会ったことがなく、じつはあまりコーヒーが好きではありませんでした」と笑う。


「試作品が出来上がると、1日に50種類ほどのコーヒーを飲むことになります。しかもブラックとミルクの各2種類です。こういった環境もあって、自然とコーヒーを好きになっていきました」


 現在は、コーヒープロフェッショナルの資格を取得したほどのコーヒー通だ。


◇◇◇



 目標の風味を達成するために、細かい調整を毎日のように繰り返しました。


 まずは豆の選別。


 コーヒー豆は種類や産地によって含まれている成分が異なるという。生豆の時点で出来るだけ多くのクロロゲン酸を含んだロブスタ種を選択する。独特の臭いのあるロブスタ種ではあるが、絶対においしいコーヒーを絶対作れると信じ、何度も味の調整をする努力を重ねた。プロフェッショナルの仕事だ。


 さらに、ナノトラップをする際の吸着濾過条件の見直しも行う。


 雑味となる成分、また逆においしさに寄与している成分はなにか、どのような構造をしているのかを突き止め、その成分を吸着濾過の工程で取り除くためだ。


 吸着剤の材質、粒子径、充填密度や濾過送液の温度、速度、流量などの条件を少しずつ変える。ほんの少しの変化で味が異なってしまうという。香りや苦味が弱かったり、雑味が多かったり…なかなか目的の味に近づけなかったそうだ。


「トータルで飲んだ試作品は5,000種類にのぼりました」


 試作品は、1日置いてからの試飲となる。試飲の際に殺菌処理に伴う殺菌臭の影響などを受けないようにするためだ。


 試飲をする日の朝は、「今度はうまくいっているだろうか」と仕上がりが気になり、会社に行くのが不安な反面、楽しみで仕方ない日がしばしばだったという。


“茶色い苦い水”“うすい麦茶のような味のついた液体”の状態から、誰もがおいしく飲めるコーヒーにするまでにかかった年月は5年近くに及んだ。大変なことも多かったが、それを上回る喜びがあったから、研究を続けることが出来たと土門さんは言う。


「社内での試飲で評価が良くなると嬉しかったです。回数を重ねるごとに、『少しずつ味が良くなっているね』『改良されたね』と言われることが増え、その言葉にやりがいと商品化への手ごたえを感じました」


 こうして、研究チームの努力によって、健康に良い、おいしいコーヒーが生まれた。


 インタビューを終えた際、渡辺さんと土門さんからヘルシアコーヒーを受け取った。


 帰り道、電車を待ちながらブラックコーヒーを飲むと、心地よいコーヒーの香りに肩の力が抜けた。私たちに快適なコーヒーブレイクの時間を与えてくれるこの缶コーヒーには、スペシャリストたちの研究成果が詰め込まれているのだ。そう思うと、いつもより一層味わい深く感じた。(育)