「朝三暮四」という言葉がある。サルを飼っていた古代中国の男性がエサとして木の実を与える際、「朝に三つ、暮れに四つやる」との案に対し、サルが「少ない」と怒ったため、「朝に四つ、暮れに三つやる」と言うと、サルがたいそう喜んだ故事に由来する。実態は変わらないのに、目先の違いに気を取られて気付かないことを指す言葉だ。


 参院選後の社会保障を巡る財政政策を考えると、このサルを笑えないかもしれない。


 2014年4月から8%、15年10月に10%に引き上げられる消費税の使途は医療、介護、年金、少子化対策の社会保障目的に限定することにしている。政府の議論では医療・介護施設の再編や大規模化を目指して、医療法人や社会福祉法人に対する補助金に消費税収を回す案が取り沙汰されている。


 しかし、国民に負担を強いた税収を事業者向け補助金に充当する手法が国民の理解を得られるのだろうか。国・自治体の財政が厳しい状況に変わりはなく、トータルで予算が大幅に増えることは想定しにくい。さらに、参院選が終わった後は3年間、本格的な国政選挙がないことも考えれば、国民に負担を強いる改革が進む可能性がある。それにもかかわらず、与野党問わず参院選マニフェスト(政権公約)には美辞麗句が並び立てられている。この言葉を額面通りに受け止めて良いのだろか。参院選後、社会保障を巡る財政政策はバラ色の展開になるのだろうか。政府や政党の公式文書を通じて、社会保障を巡る財政政策の今後を占う。


財政審報告書に見る財務省のスタンス


「医療機能の分化・連携を促す基金を創設(財源として消費税増収を活用)し、診療報酬や介護報酬による誘導ではなく、補助金的手法で誘導すべき」—。


 有識者で構成する政府の社会保障制度改革国民会議で、こんな構想が浮上している。これまでも病床・施設再編については、診療報酬・介護報酬や施設基準の改正で誘導してきたが、今回は恒久的な制度の枠組みではなく「補助金的手法」を使おうとしており、その財源として引き上げ後の消費税収を充てようとしているのだ。


 しかも、これは単なる有識者会議の思い付きではない。


 例えば、厚生労働省が準備している医療法改正案を見ると、病床の機能を「急性期」「亜急性期」「慢性期」「回復期」などに分化を促すため、どの区分を選ぶか報告義務を医療機関に課すとともに、医療機関から報告を受ける都道府県に対しても医療需要の将来推計や地域医療の将来像を示す「地域医療ビジョン」を策定させる内容となっている。そのテコ入れ策として消費税収を使った補助金を活用しようという意図が見え隠れする。


 つまり、医療機関や都道府県に対する義務を「ムチ」として圧力を掛ける一方、消費税収を使った補助金という「アメ」を通じて病床の機能区分を進めようとしている。



 では、こうした手法について、国の財布を預かる財務省はどう見ているのだろうか。実は、「手打ち」が既に終わっているようだ。経済財政諮問会議の議論を踏まえて、13年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針2013)では14年度予算編成の方向性として、「地域ごとの実情に応じた医療・介護サービス等の提供体制を再構築する」とうたっている。


 財務省の諮問機関、財政制度等審議会(財政審)が13年5月に公表した報告書「財政健全化に向けた基本的考え方」を見ると、もっと具体的に書かれている。


地域ごとに異なる算定が行われない診療報酬体系の下では地域の実情に応じたメリハリのある配分は期待できない。加えて、現行では医療機関単位・医療行為単位で評価が行われ、医療機関の再編等を直接評価し、支援していくには馴染まない。 


▼ 医療・介護サービスの提供体制改革には医療機能の分化・連携が欠かせず、消費税増収分を活用して公費を投入するのであれば、そこに特化した効率的・効果的な手法を採らなければ、消費税増収分を国民に還元する今般の社会保障・税一体改革の趣旨を貫徹し得ない。診療報酬の増額で対応する場合、保険料負担の増加をもたらしかねないことにも留意せねばならない。


▼ 当面の公費追加については、診療報酬に代えて地域ごとの対応が可能であり、医療機能の分化・連携に必要なコストを直接支援することも可能な手法を検討していく必要がある。


 さらに財政審の報告書は以下のように続けている。


▼ 当面の公費追加を診療報酬以外の手法により行う場合、その間の診療報酬改定は十分に抑制の効いたものとしなければならない。


▼ いかなる公費追加の手法を採るにせよ、各地域において今般の医療・介護サービスの提供体制改革に伴う地域医療等に係る将来のビジョン等の策定がなされる前に公費追加がなされることは、公費の有効活用の観点からあり得ない。


 言い換えれば、年末に改定される診療報酬の引き下げが担保され、地域医療ビジョンの策定を通じて、サービス供給体制の再編に向けた方向性も提示されれば、引き上げ後の消費税収を医療・介護施設向けの補助金に回すことを容認すると言っているのである。


 財務省から見れば、補助金で歳出が増えたとしても、診療報酬カットによる歳出削減で帳尻が合い、歳出が大幅に膨張しなければ「御の字」ということかもしれない。言い換えれば、医療法人にとっては、消費税収を使った補助金が入って来たとしても、その分だけ診療報酬がカットされ、トータルではプラスマイナスゼロという結果も想定される。


 しかも、国民に負担を強いる消費税引き上げ分を医療機関・介護施設の補助金に回す手法が果たして国民の理解を得られるのだろうか。年末の14年度予算編成に際しては、いつものような診療報酬を増減させる是非だけでなく、消費税収を使った「補助金的手法」の是非も議論となりそうだ。

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丘山 源(おかやま げん)

早稲田大学卒業後、大手メディアで政策プロセスや地方行政の実態を約15年間取材。現在は研究職として、政策立案と制度運用の現場をウオッチしている。