まったくもって私事にて恐縮なのだが、都会のマンションから、「緑あふれる」と言えば聞こえはいいが、山の中の古家に引っ越すことになった。もともと田舎育ちのため、環境に違和感はないのだけれど、せっかくの機会だからと、自然に囲まれた生活を満喫することにした。
何でも活字から入る自分としては、まずは「食べられる野草」やら「散歩コース」といった本を物色してみた。そこで目に留まったのが、「ゲンノショウコ」「ドクダミ」「センブリ」(これらを「3大民間薬」というそうだ)などの写真が帯にあしらわれた『民間薬の科学』なる1冊。近所の山を歩きながら、体に良さそうな草花を探そうというわけだ。
民間薬とは、庶民の間の言い伝えで病気や傷の薬として使われてきたもの。多くは動植物由来で、一部は漢方薬や西洋生薬とかぶっていたりもするし、効果が確実なものには、日本薬局方に収載されて医薬品となっているものもある。
著者いわく〈人類は当初、薬というものを食べ物との関係から認識し始めたものと思います。/やがてこのようなときに役に立つ植物などが、初めは口伝にて家族に、そして仲間に伝わっていったことでしょう。民間薬の誕生です〉としている。
本書は民間薬の定義(漢方薬や西洋薬などとの違い)、歴史を紹介した後、個々の民間薬の効果を解説していく。
観賞用として眺めている身近な植物(アジサイ、サクラ……)から、普段は食べているもの(キュウリやキャベツ、コショウ……)、もしくは捨てているもの(カキのへたなど)など、ありとあらゆる植物に薬効(のようなもの)があることがよく分かる。
■アリナミン、正露丸……有名薬の起源
民間薬というと生薬由来の漢方薬を思い浮かべがちだが、それ以外にも、多くの現代の薬とつながっている。
例えば、「正露丸」はミカン科のキハダから作られる生薬を含んでいる。「アリナミン」は、ニンニクの臭気の原因物質であるアリシンとビタミンB1が結合したアリチアミンがその起源だ(現在は別のビタミンB1誘導体に変更されている)。「アスピリン」は、古くから解熱鎮痛薬として使われていたセイヨウシロヤナナギの効果に着目して生まれた薬である。
ちなみに、欧州ではイチョウの葉からつくられた薬が血管拡張や動脈硬化の改善などに使われているが、日本からもイチョウの葉が輸出されているのだとか。
さぁ、「本書を片手に山(というか近所)に繰り出すぞ!」と意気込んでいたのだが、〈実は、薬用になる植物というのは野山よりも花壇や畑のあたりに多い〉という。また、〈民間薬に対し、「効果がそこそこでも副作用のない点がよい」と思っている方がいるかもしれませんが、副作用がないというのは神話にすぎません〉。
結局のところ、いろんな食べ物に薬効があって、それらをバランスよく食べるのが体にいい——。「医食同源」(「薬食同源」)の考え方だが、引っ越ししても、何でも食べてしまう、今とあまり変わらない食生活になりそうである。(鎌)
<書籍データ>
船山信次著(SB Creative 1,100円+税)