国立千葉医療センター
総合内科
菰田 弘氏


「今日も元気だ たばこがうまい!」「生活の句読点」……いずれも日本専売公社(現JT)の名コピーだ。このようにビールやコーヒーのような大人の嗜好品として市民権を得ていたタバコだが、ここにきて嗜好品から社会悪の一つへと大転落しつつある。タバコの何が悪いのか? 喫煙により本人や周囲にどのような悪影響がでてくるのか? 今回は国立千葉医療センターの講演「タバコによる健康被害について〜今日から禁煙を始めよう〜」(同センター総合内科菰田弘医師)を紹介する。

 

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 現在、喫煙依存症は、精神医学において物質依存の一種であると認められています。喫煙すると、ほぼ6秒ほどでニコチンが脳に達して前頭葉の報酬回路を刺激、快感を引き起こします。ニコチンは極めて依存性の高い薬物であり、使用者のなかで依存症になる人の割合は、アルコール、カフェインはもとよりコカイン、ヘロインよりも高いとされます。加えて、依存症になってしまったらアルコール、コカイン、ヘロインと同じくらい止めるのが難しい薬物です。

 

 喫煙者の思考には、タバコの害を無視しようとする「否認」——吸っても長生きしている人はいる。吸ってなくても肺がんになる人はいるetc——、喫煙を正当化しようする「合理化」——禁煙したらかえってストレスが溜まり健康に悪いetc——という特徴がありますが、これもニコチン依存症から来るものです。つまり、ニコチンにより心、身体が支配されてしまっているということです。


『バカの壁』で有名な養老孟司東京大学名誉教授(喫煙者)によれば、たばこの害や副流煙の危険は証明されていないとのことだが、上記いずれのデータも疫学調査を基にした現時点で最新の知見である。こうした養老教授の主張もニコチン依存症特有の「否認」「合理化」から来るものなのだろう。いわゆる『禁煙ファシズム』運動に参加している論者の多くも、ニコチンに頭をやられた人が多いのではないだろうか。「人は見たいものしか見えず、聞きたいことしか聞かない」というのが『バカの壁』の論旨だが、当の本人が“ヤク中”によってバカの壁を張り巡らさせたということか?

 

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 タバコの怖いところは喫煙者本人だけでなく、タバコを吸わない周りの人に対しても深刻な健康被害を及ぼすことにあります。こうした受動喫煙のもととなる副流煙は、喫煙者が吸う主流煙に比べニコチンで2.8倍、タールで3.4倍、一酸化炭素で4.7倍もの有害物質が含まれています。「いや、周りの人に気をつけて低ニコチンタバコを吸っているのだ」という人も入るかもしれませんが、これは大きな誤解です。副流煙中の有害物質は低ニコチンタバコの方が多いんですね。


 健康被害については、肺がん、虚血性心疾患の2つについて紹介します

 

 受動喫煙がいかに恐ろしいものか。10万人あたりの死亡率で見てみると、環境汚染の原因となるダイオキシン(2.6pg/dayの摂取を継続)で255人、ディーゼル排ガス(東京都)で435人、アスベスト(40年勤務。工場のすぐそばの住民)で680人ですが、これが受動喫煙では1万人(家庭内)となります。

 

『禁煙ファシズム』論者のなかには、「排気ガスのリスクの方が大きいのではないか?」と主張する向きもあるが、このデータを見る限り、排気ガスやアスベストといった凶悪な環境汚染因子と比べてすら、文字通りケタ違いの“殺傷力”を持っているといえよう。

 

 JTによれば、受動喫煙(環境たばこ煙)は、「環境中たばこ煙は非喫煙者の疾病の原因であるという主張については、説得力のある形では示されていません。環境中たばこ煙への曝露と非喫煙者の疾病発生率の上昇との統計的関連性は立証されていないものと私たちは考えています」という。


>http://www.jti.co.jp/sstyle/think/basic/02.html


 その根拠として、国際がん研究機関の疫学調査や米国カリフォルニア州の長期追跡調査などを挙げているが、国際がん研究機関の調査は10年前の古いもので、長期追跡調査は米国たばこ業界から資金援助を受けたものだ。この文章を見る限りにおいては、最新の知見を公平に見たものとは言い難く、「自社に都合の良いデータだけを取り上げた」うえで結論づけているだけと言わざるを得ない(ちなみに、JTのサイトにある「喫煙と健康」「依存性」などの文章は、ニコチン依存症特有の「合理化」「否認」のオンパレードとなっている)。

 

 それにしても、こういう受動喫煙に関するマイナスデータを見てしまうと、エコライフと言ったその口でタバコをスパスパ喫っている人に水をブッかけたくなってしまうのは、筆者だけだろうか。

 

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 このように身体に悪く、周囲に危険を振りまく喫煙ですが、いざ、これを止めるとなると難しいものです。禁煙治療を行なった患者のうち、指導終了時に禁煙を継続できた人は7割を超えますが、これが3ヵ月後には57%、9カ月後には46%にまで落ち込んでしまいます。自分の意思だけで禁煙したのではなく、病院で治療を受けてこの結果ですから、禁煙の難しさが窺い知れます。


 ただし、禁煙の効果は絶大なものです。禁煙と寿命との相関関係(40歳からの生存率)について見ると、35〜44歳で禁煙を始めた人であれば、70歳での生存率が80%超となり非喫煙者と同じ程度の生存率を維持できます。一方、喫煙者の70歳での生存率は60%強で、これは非喫煙者の80歳の生存率より若干悪いのですね。

 

 つまり、喫煙により寿命は10年縮むが、早くから禁煙すればこれを回避できるということだ。

 

 日本ではタバコのために年間約9万人が死亡しています。これは交通事故死亡者のほぼ10倍です。同じく世界では年間約490万人が死亡しています。また、日本では毎年2〜3万人が受動喫煙により死亡しています。今からでも遅くはありません。タバコを喫っている方は是非、禁煙にチャレンジしてください。とりあえず「1日休煙」のつもりでいいんですから。ニコチン依存症と診断された方であれば、保険診療により禁煙治療が受けられます。これを機会に受診されることをお薦めしたいですね。

 

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・タバコは嗜好品ではなく、数ある麻薬の一つでしかない。

 

・ヘビースモーカーとは、ただの“ヤク中”でしかない。

 

 この講演を聴き終えての率直な感想だ。

 

 タバコの効能とは一体なんなのだろうか? 菰田医師曰く「作用が極めてスピーディーなこと——他の麻薬であれば静脈注射でも投与後1分ほどのタイムラグがある——と、幻覚、幻聴、酩酊といった酷い副作用がないことでしょうか」とのこと。筆者はタバコや麻薬の服用経験がゼロなので全くの想像でしかないが、恐らくタバコには覚せい剤やコカインよりも高い効果(快感、高揚感など)はないのであろう。しかし、一度依存症になってしまったら離脱症状——頭がボーっとする、眠くなる、イライラするなど——から逃れるために、知らず知らずのうちにマイナス情報を「否認」「合理化」しながら、ニコチンに支配された脳に従って、タバコに手を伸ばさざるを得なくなってしまうのだ。

 

 今から百数十年前、コカインは万能の医薬品として広く処方されていた。覚せい剤は、つい六十年ほど前まで誰もが気軽に打っていた。しかし、その害悪が明らかになるにつれ世界から駆逐されていった。タバコも、これらの麻薬と同じような運命を辿りつつあるのかもしれない。(有)