関西医科大学附属枚方病院眼科
診療部長
高橋寛二氏


 爆弾低気圧一過の有楽町。うららかな空模様の下、東京国際フォーラムCホールの入り口前に並ぶのは、100人を軽く超える高齢者の列だ。いったい何の行列かといえば、第117回日本眼科学会総会の市民公開講座『老人の眼の病気と治療の進歩』の聴講者のもの。入場10分前にも関わらず長蛇の列となった同講座の聴講者は、最終的に数百人に上ったようだ。


 今回取材したのは、同講座の第1部『加齢黄斑変性の治療と進歩』。講師は関西医科大学附属枚方病院眼科診療部長の高橋寛二教授。テーマが高齢者につきものの病気とあって、多くの人が熱心にメモを取りながら講演に聞き入っていた。


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 加齢黄斑変性とは、その名の通り「加齢」に伴い「黄斑」が「変性」する病気です。具体的な症状は「視力の低下」ですが、そのまま放置していると失明する危険性もあります。現に欧米における失明原因の第1位が加齢黄斑変性によるものです。かつては、欧米に多い病気で日本では少ないとされていましたが、高齢化の進展によって日本でも患者数が増えてきています。


 平成23年度の調査(網膜脈絡膜・視神経萎縮に関する調査研究:佐藤里奈ほか)では、視覚障害の原因疾患として、緑内障、糖尿病網膜症、網膜色素変性に次ぐ第4位に挙げられています。20年前の調査では第6位でしたから、患者数は確実に増えてきているといえましょう。ある疫学研究では、国内で60万人程度の患者がいると推定しています。


 では、加齢黄斑変性では、どのようなプロセスを経て症状が出てくるのか? これを知るには、まずは黄斑について知る必要があります。


 人がモノを見るときは、「水晶体を通った光(=映像や画像)が網膜に映り、この光を視神経が脳に伝える」という流れでモノを認識します。人の目の仕組みに似たカメラで例えると、「水晶体=レンズ」であり「網膜=フィルム」となりますが、この「網膜=フィルム」の中心部にある黄斑です。


 この黄斑が、何らかの理由で汚れたり、形が崩れてしまうと、モノをまともに見ることができなくなってしまいます。これはフィルムが汚れたり、傷ついたりすると、まともな写真が撮影できなくなることと同じ理屈といえるでしょう。
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 加齢黄斑変性の代表的な症状は、モノが歪んで見える「変視症」、視界の真ん中が黒く塗りつぶされるように見える「中心暗点」の2つ。症状が進むと、正常に見える範囲が狭まり、視力は0.1以下まで落ちる。身近な例でいえば、「TVドラマを見ても俳優の顔が見分けられなくなる」「近所で知り合いにあっても誰かわからなくて挨拶できない」「新聞の文字や碁盤のマスが歪んで見える」「包丁や針仕事をする際に斜めから対象を見る」ようになるという。


 生活の質(=QOL)の低下も著しく、視力0.4〜0.2の中等度加齢黄斑変性でも、中等度の脳卒中(要介護)患者よりも低く、視力0.1以下の重度加齢黄斑変性では、永久的人工透析患者よりも低く、寝たきり患者と変わらないほどQOLが低下するそうだ。この状態は「社会的失明」とされる。


 加齢黄斑変性は、その名の通り加齢とともに病状が進んでいく疾病だが、病状の進展を止め、治療をする手立てはあるのだろうか?


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 加齢黄斑変性は、黄斑に老廃物が溜まったり、必要以上に毛細血管が生成(=新生血管)されることで発症します。ですから、その治療にあたっては——


①予防的治療——老廃物の貯留を防ぎ、新生血管をおこさない
②レーザー光凝固治療——新生血管を焼きつぶす
③光線力学的療法(PDT)——新生血管を薬とレーザーで閉塞する
④薬物療法——抗VEGF薬の注射により新生血管を抑制する


——という4つの方法があります。


 予防的治療とは、食生活や生活習慣の改善、サプリメントの摂取などが中心となります。加齢黄斑変性の最大のリスクは喫煙習慣なので、まずは禁煙する。その他に脂質の高い食べ物は老廃物貯留につながるので避ける。カロテンを多く含んだ緑黄色野菜を積極的に食べるなど、ごくごくポピュラーな意味での“健康的な生活”を送ることが肝要です。


 また、加齢黄斑変性については、アメリカで行われた大規模試験により、抗酸化ビタミンと亜鉛群のサプリメントを摂取すると、病状の進行を抑制し、リスクを軽減するという医学的な確実性の高いデータが出ています。こうした疾病の予防にあたって、サプリメントの効果が科学的に証明されているケースは珍しいといえましょう。
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 加齢黄斑変性の危険因子は、加齢、喫煙、太陽光、肥満などだが、なかでも喫煙が最も大きなリスクファクターであるとのこと。長期間の喫煙習慣は加齢黄斑変性のリスクを4〜5倍に高めるというデータも出ている。患者の男女比率は男性3に対して女性1とされるが、これも「男性の方が喫煙習慣が多いことで説明できる」らしい。なお、発症及び病状進行のリスク低減のためには、少なくとも20年以上禁煙を続ける必要があるそうだ。


 さて、高橋教授によると、4つの治療法のうち、最も新しく、最もポピュラーで、最も効果的なものが薬物治療だという。

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 抗VEGF薬の効果は、脈絡膜新生血管を作る物質、血管内皮増殖因子(VEGF)をブロックすることで、新生血管の増殖や成長を抑えるというものです。これを眼に注射することで、新生血管により形が歪んだ黄斑を正し、視力を改善・維持します。その効果は、日本人を対象とした臨床試験の結果から、ほぼ10人に4人は視力改善効果が見られ、90%以上は視力を維持できるというものです。加齢黄斑変性は、放置していれば加齢とともに視力が落ちていくという疾病なので、これを抑えるためにも抗VEGF薬の注射による治療は有意義といえます。


 ただし、血管に作用する薬なので、脳卒中の既往歴のある患者には使えませんし、薬価が非常に高いことや、たびたびの注射と通院(1年間5〜7本)が必要となるといったデメリットもあります。それでも従来の治療法と比べると、格段に効果が高く簡便であることは間違いありません。
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 現在、国内で承認されている3剤の薬価は、ペガプタニブ・Naで12万3457円、ラニビズマブで17万6235円、アフリベルセプトで15万9289円となっている。保険適用されているとはいえ、1割負担でも3割負担でも多大な出費を迫られることは確かなようだ。


 なお、山中伸弥教授によるiPS細胞の研究から発展した再生医療のプロジェクトの第一弾として、加齢黄斑変性患者に対する臨床試験が今年度中にスタートする予定だが、高橋教授によると、「今回の治験はあくまでも患者に対する安全性を確認するものであって、治療効果についての研究はまだまだ先のこと。実用までには少なくとも10年程度の時間が必要になるのではないか」とのこと。


 現時点では再生医療に望みをかけるよりも、素直に薬物治療を受けたほうが良さそうだ。ただし、これも生活に余裕のある高齢者に限ったハナシであって、一般的には、食生活に気をつけ、適度な運動をしながら、喫煙をしない——という予防に専念するのが最適解なのだろう。(有)