福島県立医科大学医学部
整形外科講座 教授
紺野 愼一氏


 日本整形外科学会は04年に、身体のことを「運動器」と呼ぶようになり、骨と関節の重要性をアピールしている。07年にはロコモティブシンドローム、つまり「運動器症候群」を提唱し、身体複合的な機能不全への取組みに力を入れるようになった。


 このほどの記者説明会で、福島県立医科大学医学部整形外科講座の紺野愼一教授が「腰部脊柱管狭窄症」の診断と治療の進歩について演述した。

 

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 高齢者社会の出現で、骨折や脊椎、膝関節などの疾患や怪我で手術を受ける人が急増している。人間が直立二足歩行をするようになって、腰と膝に大変な負担を強いることになり、それが加齢で疾患が増える現象を生み出している。運動器の障害のために要介護・要支援となる人は450万人と推計されている。変形性腰椎症、変形性膝関節症、骨粗鬆症(腰椎と大腿骨頸部)の3疾患のいずれか1つある人は4700万人もいる。

 

 さてそこで「腰部脊柱管狭窄症」だが、加齢性の変化などで腰椎の脊柱管が狭くなり、馬尾や神経根が圧迫されて、脚のしびれや痛みを伴い、歩行に障害をきたす疾患である。

 

 脊椎は、身体を支える重要な運動器である。頚椎、胸椎、腰椎、仙骨、馬尾と計30ほどの椎骨が重なって構成されている。このうち腰椎は5つに分かれている。椎骨には、前方の椎体と後方の椎弓に囲まれた椎孔と呼ばれる空洞がある。椎孔が上下に連なるトンネルを脊柱管と呼んでいる。脊柱管には、脳から続く脊髄が通っているが、第一腰椎までで、その下の腰部には脊髄はない。脊髄の下端から伸びて腰椎を通っている神経の束は、馬の尾に形が似ていることから馬尾と呼ばれ、その馬尾から神経根という枝が出ている。

 

 厚生労働省の統計によると、慢性腰痛の頻度は各年代で30%にのぼり、70歳代の女性では40%を超えている。腰痛は、男性が訴える自覚症状の第1位、女性は肩こりに次いで第2位である。男性が通院する理由の第4位、女性は高血圧に次いで第2位である。まさに国民病ともいえる腰痛だが、その85%は原因不明とされてきた。残る15%が原因を特定できる腰痛で、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、骨折、内臓疾患や癌に由来するもの、化膿性脊椎炎などである。

 

 腰部脊柱管狭窄症の診断は、問診で患者さんの訴えを聞き、身体所見をとり、それと合致する画像がMRIなどで確認できるかどうかを総合的に評価して行われる。しかし一般医にとってはなかなかに診断が難しく、診断サポートツールが開発された。病歴、問診、身体所見について有無をたずねるものである。これによりかなり高い確率で診断できるようになった。さらには大規模な疫学調査の実施も可能になった。

 

 腰部脊柱管狭窄症は、圧迫されている神経の部位により、馬尾型、神経根型、この2つをあわせた混合型に分けることができる。治療ではこれらのタイプをよく鑑別して、取組むことが重要となる。なぜ重要化というと、タイプによって予後が大きく異なり、治療方針も違ってくるからである。

 

 神経根型は、お尻から足の外側にかけて痛みやしびれが出る坐骨神経痛の症状を主に呈する。間欠跛行(歩くとしびれ、痛みが次第に強まり、少し休むとまた歩ける)も出る。安静にしていても坐骨神経痛も訴える患者さんもいて、症状は腰椎椎間板ヘルニアに似ている。自然に治る例も多く、痛みさえコントロールできれば、治療を急ぐ必要はない。治療法は、薬物療法、神経根ブロック療法、装具療法、理学的治療などの保存療法が主体となる。

 

 馬尾型は、自然治癒する例は稀で、加齢とともに症状がゆっくりと徐々に悪化する。馬尾はお尻の知覚や膀胱機能を支配しているので、歩行中にお尻がほてる、尿意をもよおす、男性であれば勃起する、また夜間頻尿、残尿感、便秘などの膀胱・直腸障害が出始めたら、重症化のサインと受け止め、早めに手術を受けることである。

 

 腰部脊柱管狭窄症は、70歳以上の2人に1人が罹患する可能性のある身近な疾患である。特徴的症状は間欠跛行であり、簡便に自己チェックできる自記式診断サポートツールが開発されているので、利用するとよい。歩行障害が起きないよう予防することが大切であるが、有効な予防法が見つかっていない現在では、早期診断・早期治療が必要である。特に重症化しやすい馬尾型では、低侵襲手術によって要介護のリスクを回避することができる。(寿)