国立がんセンター
がん対策情報センター
多施設臨床試験診療支援部
医学統計室室長
高島 淳生氏

がん研有明病院
新薬開発臨床センター
伊藤 良則氏

がん研有明病院
治験コーディネーター室
副センター長
萩原 佐知子氏

 

 天辺が尖がった高層ビルのあいだに透明のパイプが張り巡らされエアカーが走る都市。そこに住む人々のレジャーは月旅行で平均年齢は120歳。がんや白血病といった難病も完全に克服されていた——なんて未来図は、70〜80年代に子どもであった人にとって慣れ親しんだものではないだろうか?

 

 結局、インターネット、携帯電話の普及や地球温暖化(かつては寒冷化がトレンドだった)など30年前には想像すらできなかった未来が現出する一方、エアカーは走らず、月旅行も実現せず、がんも克服できなかった……。が、エアカーや月旅行こそ夢物語であるものの、ことがんに関して言えば、克服に向けて順調に歩みつつあるようだ。

 

 今回は、そんながん克服のカギを握る抗がん剤の治験に関する一般公開講座『治験ってな〜に? 聞いてみたい! 抗がん剤の治験のお話』(主催:癌研究会有明病院、日本対がん協会)を紹介する。


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◆『治験を正しく理解するために』

高島淳生・国立がんセンターがん対策情報センター

多施設臨床試験診療支援部医学統計室室長

 

 まず、こちらをご覧ください(図1)。


 切除不能大腸がんの治療成績が、抗がん剤により向上していることを示しています。抗がん剤を使っていなかった治療法に比べ、ベバシズマブ+αを使用した治療法では、生存期間で5倍以上伸びていることがわかります。

 

 このように医療の進歩は、新しい治療法の発見によって達成されてきました。では、新しい治療法が、旧来のものより良いか否かを判断するためにはどうすればいいのか? その答えは、倫理的・科学的に正しい方法を用いた評価をすることです。こうした評価の取り組みこそが臨床試験なのです。

 

臨床試験は図2の通りに行なわれます。

 

 3段階のスクリーニングを経て“勝ち残った”化合物が、医薬品として承認されるわけです。これはアメリカにおけるがん領域でのケースですが、医薬品候補として臨床試験がスタートしたものは、フェーズ1で4割が振るい落とされ、フェーズ2ではその2/3近くが脱落。最終的に成功したものはスタート時の5%程度にまで絞られています。

 

◆『治療の選択肢を広げる治験』

伊藤良則・癌研究会有明病院新薬開発臨床センター副センター長

 

 一昔前、抗がん剤といえば、その効果よりも「髪の毛が抜ける」といった副作用のイメージが強く想起されていたものです。私が医師になった頃は、がん細胞の構造について良く知られていませんでしたが、いまでは分子構造まで明らかになっています。その結果、分子を標的とした抗がん剤も開発され、こうした抗がん剤を用いた新たな治療法の確立によって、がんの生存率も著しく向上してきました。

 

 今日のがん治療の進歩は、抗がん剤の治験の積み重ねから得られてきたものです。治験により効果が得られた患者さんも数多くいます。最近の抗がん剤の治験では、図3のように、安全性を確かめるフェーズ1試験においても、10人1人には明らかな効果——分子標的薬という効率の良い抗がん剤であることも大きな理由ですが——が出ています。


 では、いつ治験にトライしたら良いのか? 結論から申し上げますと、フェーズ1、2試験であれば標準治療が終わった後にトライしていただくのが良いでしょう。

 

 治験とは治療の選択肢を広げる一つの手段です。がんの治療薬は増えてはきましたが、無限にあるわけではありません。一つでも二つでも多くより良い治療を増やすことは、私たちのみならず患者さんも望んでいることでしょう。治験に参加するかしないかは自由ですし、いつでも中止できます。我こそは、と思われた方には、是非、可能性を求めてチャレンジしていただきたいですね。

 

◆『治験コーディネーターをご存知ですか?』

萩原佐知子・癌研究会有明病院治験コーディネーター室

 

みなさんが治験に抱いているイメージは、どのようなものでしょうか?


「新薬開発に貢献できる」


「手厚い医療が受けられる」


「特別待遇があるかも」

 

 そんなポジティブなイメージがある一方で、


「副作用が心配」


「選ばれてしまった以上、もう断れない」


「断ったら、この病院で診てもらえないかも」


 といったネガティブなイメージを抱いている方も少なくないのではないでしょうか?


 効果や安全性が確立されていないこと、治験に参加したからといって治験薬による治療が受けられる保証はないといった懸念もありますが、「治験への参加は自由」「自分の意思でいつでも止められる」ように、決して強制されるものではありません。


・・・・気軽に参加……とは言いすぎかもしれないが、“人生の一大決心”とまでの決断力は必要ないといえそうだ。ただ、インフォームドコンセントや治験中のフォローなど、気になることは数多くある。

 

 治験コーディネーター(クリニカル・リサーチ・コーディネーター:CRC)の仕事は、臨床研究を適正かつ円滑に進めるための専門職です。患者さんとの関わりについて言えば、治験のスタートから終わりまで——外来診察、入院、退院後の診察、自宅への連絡など——責任を持ってフォローします。具体的には、治験についての補助説明、スケジュール管理、治験薬の使い方の説明などです。何かわからないこと、不安に思うことがあれば、それにお答えするのが私たちの仕事です。

 

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 癌研有明病院の吉田講堂がほぼ満杯となる盛況となった今回の一般公開講座。聴衆のほとんどが一般患者ということもあり、その内容は治験の“入門篇”というべき基本的なもので、専門用語も極力廃したわかりやすいものだった。医薬業界関係者にとっては、いわずもがなのことだろう。


 といっても、丁寧な解説のなかには新たな発見もあった。例えば臨床試験と治験の違いについて、高島氏によれば、「臨床試験のうち、新薬承認を目指して製薬企業が依頼して行なうものが『治験』(医師が自ら実施するものは『医師主導型治験』)であり、承認後の医薬品を使って研究者が行なう『研究者主導臨床試験』といいます」とのこと。この話を聞くまで筆者は「臨床試験=治験」と勘違いしていた。医薬品業界で10年以上仕事をしてきたにも関わらずである。誠に恥ずかしい。

 

 日本人の死因第一にして、第二位の「脳梗塞」、第三位の「心筋梗塞」による死亡者を足した数よりも死亡者の多い「がん」。この難病を克服する一番の近道は、我々が積極的に治験へ参加することにあるのだろう。健常者にとっては縁の遠い話かも知れないが、もし、“当事者”になるようなことがあれば、医療の進歩のみならず自身の治療の選択肢を広げる意味でも、治験に参加することを考えてみたいものだ。(有)