汗拭ふ 向ふに高し 雲の峰(正岡子規)


 雲の峰は入道雲のことである。夏の盛りにもくもくというか、むくむくというか、大空に湧き上がる白い雲は、実に雄壮である。それが海辺であれ、山中であれ、まさに夏だと思わされる。


 句意は、近景に汗を拭く人がいて、その背後の空に入道雲がむくむくとあるという光景である。汗を拭く人は、野球をしている人であろうか。子規は大の野球好きであった。ベースボールを「野球」と訳した人でもある。それも本名の「のぼる」に合わせて(?)、野は「の」、球は「ボール」。とにかく野球の普及に貢献した人として、野球殿堂入りを果たしている。


 今やかの 三つのベースに 人満ちて
   そぞろに胸の うち騒ぐかな


 子規の短歌である。9回の裏、ツーアウト満塁であろうか。とにかくこれからの一投一打で勝敗の帰趨(きすう)が分かれるという、緊迫の一瞬を詠んでいる。


 昼からは ちと影もあり 雲の峰(小林一茶)


 入道雲に少し陰があるということは、やがて黒い雲になって、夕立でも降ってくるのであろうか。一茶はこの句に6匹の生き物を読み込んでいる。さてお分かりであろうか。すべて虫の字がついている。


 蛭・蚊・蜂・蜥蜴(とかげ)・蟻・蜘蛛・蚤 


 蚊もちらり ほらり是から 老いが世ぞ


 一茶の句である。蚊が少しずつ目立つようになってきた。蚊に刺されるのは嫌だが、考えようによっては老人にとってしのぎやすい「老いが世」が蚊の出現とともに始まるのだという句であろう、と坪内稔典さん(俳人)が解説している。次の二句も一茶の句である。


 蚊の中へ おっ転がして おく子かな
  暇人や 蚊が出た出たと 触れ歩く


 高知県の四万十市では観測史上最高の41度になるなど、今夏は日本中で猛暑日が続いた。まさに「日本熱島」である。それでも昔の人がいうように「土用半ばに秋風ぞ吹く」で、四季のうつろいは着実にやってくる。さしもの熱風も日が落ちると涼しく感じられるようになるから不思議である。夏が終われば、秋が来る。


 赤とんぼ 空はひろいね 困ったね(香川昭子)


 おかしみのある句である。赤とんぼは途方に暮れているのであろうか。


 生きて仰ぐ 空の高さよ 赤蜻蛉(夏目漱石)


 漱石の持病は胃潰瘍(かいよう)であった。いまならいい薬があって、もっと長生きできたであろうにと思う。修善寺温泉に滞在中、吐血してかろうじて一命を取り留めた時の思いを詠んだ一句である。


 赤とんぼ じっとしたまま 明日どうする(風天)


「風天」は名優・渥美清の俳号である。車寅次郎を演じたが、啖呵売(たんかばい)の口上にもあるとおり、「フーテンの寅」と呼ばれていた。そこから「風天」の俳号にしたのである。種田山頭火や尾崎放哉(ほうさい)のように、風天にも自由律の句が多い。味わい深い句をおいおい紹介していきたい。

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松井 寿一(まつい じゅいち)

 1936年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業。医療ジャーナリスト。イナホ代表取締役。薬業時報社(現じほう)の記者として国会、厚生省や製薬企業などを幅広く取材。同社編集局長を経て1988年に退社。翌年、イナホを設立し、フリーの医療ジャーナリストとして取材、講演などを行なうかたわら、TBSラジオ「松チャンの健康歳時記」のパーソナリティを4年間つとめるなど番組にも多数出演。日常生活における笑いの重要性を説いている。著書に「薬の社会誌」(丸善ライブラリー)、「薬の文化誌」(同)などがある